2026年02月11日

46.5km

現在、サァッーという感じで雪の降っている原村です。
どのくらい積もりますやら。

で、歩きだして4日目の1月23日。
このころになるとちょっとガタが出てくるところとか、体ができてきたり変化が表れてきました。
前日の小田原での出血などもそうなんです。

今日の目標は富士市吉原の吉原宿、というよりここまで行かないと泊まる適地がありません。
距離があるので、普段よりちょっと早くまだ真っ暗な午前6時に出発しました。
今まで明るくなり始めた午前6時半ごろから歩きだしていたのですが、これは車に気づいてもらえるように、ヘッドランプがいらない明るさまで待っていたんです。
が、そうしているとちょっと遅いなと思ったので、午前6時の出発。

天気快晴、富士山が良く見えましたが、三島から沼津にかけては前衛に山があって大して見えないのですよね。
下りの石畳みに苦しめられ、三島大社の前を通ったため神社にお参りし、以前から行ってみたかった柿田川の源流公園へ、ちょっとルートを外れて見に行きました。
ここは見に行こうかどうしようか、そうすると距離が長くなるので、と思っていたのですが柿田川公園は行ってよかったと思います。

本日の見どころは、これぐらいでただひたすら歩きました。
この日のヤマレコの感想を見ると、ただ歩いただけ、しょーもない何も見るところがない、などと負の感情が書かれています。
全般に言えたことなのですが、旧東海道はみるところなどは少なかったですね。

沼津市街のすき家で牛丼を喰ったのがお昼12時半ごろ、まだ吉原まで20km 近くありました。
どうするべ、と考えてもしょうがないので歩を前に進めるだけ。

沼津から吉原までの海岸沿いの直線を歩いていると、前から人影が。
「こんにちわ、歩きですか」と声をかけると、東海道を日本橋を目指して歩いている人で、しばし立ち話。
彼は今日は沼津のホテルに泊まると、こちらは吉原のネットカフェの快活クラブだというと、まだありますね、と返事。
この時点でまだ7、8km あったと思いますが、出会ったところだと沼津も大して変わらないのでは、とすれ違ってから思うのです。

多くの人とすれ違うのですが、興味を持っていると挨拶しても返事をしてくれるのですが、そうでなければ挨拶しても返事は来ずなしのつぶて。
と言うことに気づきました。
そのことは後日書きますが、それ以来こちらからは挨拶をしないようになります。
腹立つじゃないですか、挨拶しているのに何も返事がないと。

世間ってこうなんだわ、こちらから声をかけないと話そうとしないのです。
それは後日、三重県桑名と四日市の間で、5歳ぐらいの女の子をつれたお父さんがずっとついてくるのです。
始めはこのあたりに住んでいるのかと思ったのですが、それにしたら歩いている距離が長すぎると思って声をかけると、旧東海道を歩いていると。
こっちは菅笠かぶってザックを背負って完璧に歩いてますよっと格好をしているのに、何も話かけてこないのです。
話しかけられれば、なにかしらの情報交換やらできるのにと思うのに、世間ってこうなんですよね。
特に話をしたいと思ってないのだわぁ。

吉原を目指したのは、そこまで行かないと泊まる場所が無かったから。
JR 吉原駅前のスーパーで弁当とビールを買い、快活クラブ吉原店へ入ったのは午後5時半を回り薄暗くなり始めていました。
朝6時から夕方5時半までの歩行距離、人生最長の46.5km 。
ま、でも歩けるもんだわ。
温かいシャワーが待っていました。

明日はそのネットカフェの快活クラブのお話。

  三島大社にお参りし、安全にここまで来られたことを感謝しました。
  20260123_105216.jpg
  柿田川の源流、丸くなっているのは繊維工場が井戸水として
  使おうとしたらしいです。今じゃ考えられないですよね。
  20260123_113353.jpg

posted by もえぎ野山荘 at 09:37| Comment(0) | 日記

2026年02月10日

箱根の山は天下の剣

とはよく言ったのもので、箱根はきつかった。
小田原城の横を通って行くのですがそのあたりは海抜数メートル、から芦ノ湖は標高約750m 、この標高差を登っていくわけです。
それもほぼ直線的に。
よこぞこういう所に道を付けたと、そこへ関所まで作って人々を監視したものです。
今の中国や北朝鮮とおなじじゃねーか。

さて小田原市街に入ろうとするところで左足小指が痛くなり、おやすみ処で靴を脱ぐと靴下が真っ赤でした。
どうやら左足小指の爪が薬指にあたり出血しているよう、出発前に切ってなかったんですね。
おやすみ処で手洗いを借り靴下を洗い、バンドエイドとバンテージを張った状態で登りにかかりました。
それからずうっとバンテージは張ったままで、京都まで歩くことになります。

箱根は、今やいくつも道路があります。
旧東海道に沿って車道があり、その横に箱根新道、ターンパイクと呼ばれる道路、そして箱根駅伝で走っている国道1号線。
それだけ道路がつくられるほどの、やっぱり難所だったんですよ。
その時代の考え方で、道路がつくられたのでしょう。

ほぼ直線的に登り車道も歩かされ、斜度10% はあろうかというぐらいの勾配で、これは歩くのもしんどい。
そして車道から離れ旧道を歩くようになると、でました石畳みぃ。

時刻も午後3時半をすぎ、結構焦っていたんですが石畳の歩きにくいこと。
当時もどうだったか、歩きやすかったのか。
当時としたら舗装道路なんでしょうが、現代ではよかれと思って復元しているようですが、砂利道の方が良かった。
ただし朝から右足裏が痛かったので、青竹踏みと思いながら足を乗せると結構気持ちよかった。
使い道もあるもんです、でもいらんわ石畳み。

この石畳みは翌日の三島側にも残されていて、こちらの方が長く結構苦労しました。
普段から山登りをするため、その要領で歩けばいいのですが、山登りをしない人には大変だと思います。

そして目標としていた東屋のある公園に到着。
夏場は水トイレがあるようですが冬場は凍結するため使えず、そのかわり200m ぐらいのところにセブンイレブンと駐車場のトイレがあり、絶好の野宿場所でした。
ただし、朝起きたら水筒の水が凍ってましたから、寒いはず。
でも東屋の下で、誰もいなくてぐっすりと寝られました。

当初は小田原で泊まり一日で箱根を抜けようと考えてましたが、たぶんそれの方がきついでしょうね。
三島まで行けないことだと思います。
天下の剣とはよく言ったもので、ここで苦労させて江戸へ入りにくくしていたんですから、すべては徳川家のため。
よくぞペリーは来てくれたものだわ、あれが無ければいまだに徳川の時代だったかもしれん。

実は箱根に来るのは昭和60年の夏以来、実に40年ぶり。
当時は自転車で国道1号線を登ったものです、若かったですよねぇ。
いまじゃやろうとも思わんわぁ。
箱根を歩くことも二度とありません。
そこを走って登るヤツもいるかと思うと、頭おかしいんちゃう、と思うのは僕だけでしょうか。

明日は人生最長の46.5km を歩いたお話。
なぜなら、そこまで行かないと泊まれなかったから。

  よく見る景色ですが、富士山があまり見えず、大したことないなぁ
  という印象です。
  20260122_161726.jpg
  元箱根芦ノ湖湖畔近くの野宿場所、ね、良いところでしょう。
  わっかるかなぁ、この良さ。
  20260122_162922.jpg

posted by もえぎ野山荘 at 10:00| Comment(0) | 日記

2026年02月09日

トイレに結構苦労した!

ちょっとこれを書かねばなりません。
奇襲作戦が奏功したようです。
事前報道で出ていたように自民党の300議席越え。高市旋風が吹き荒れ、いかに風に流される人の多いことか。過去にも小泉フィーバーや2012年の政権交代など、風が吹き荒れ自民党が大勝したことがありましたが、
過去最多だそう。
これは安倍晋三がやったやり方で、それを横で見ていたのが高市早苗。
同じやり方をやって政権基盤を盤石の物にしました。
選挙は人気投票ではないのですが、自分の意見を持たない人のなんと多いことか。
これで元の木阿弥、昨年来いろいろと変わったじゃないですか、ガソリン税の暫定税率の廃止、年収の壁の引き上げなど、選挙に行けば変わるんですよ。
あ〜、また日本は暗黒の時代にもどってしまう〜、文句を言えなくなるぞぉ。

さてさてさて、今日は話題替わってトイレのお話。

四国お遍路ではお遍路に特化した地図があって、それにはトイレの場所やコンビニ、スーパーや休憩場所などいろいろと情報がありました。
今回の東海道もそう言う地図があるのですが、道路と何とかの跡ばかりでトイレなどの情報は一切なかったのです。
だから自分で調べる必要があり、頻繁にGoogle Map で公衆トイレを検索していました。
今トイレに行きたくなっても周りにあるかどうか、3、4km 先までを調べる必要がありました。

公衆トイレは公園や神社、駅などにあるし、スーパーなどは割と入り口近くにあったり。
コンビニに入ればあるのですが、コンビニに入ってトイレだけ済ませて出てくるのは、マナーとしてどうよ、と思いますし、その場合は何かしら買い物しなければ、とも思うし。
もっとも何か食料調達などの用がある時にコンビニに入り、トイレをすますという方でしたが、見ていて世の中結構トイレだけ済ます人も多いのに呆れます。
マナーってもんがあるだろう、と思うのですが。

この2日目は、横浜駅から戸塚、藤沢、茅ケ崎を通り平塚まで。
そうするとほぼ市街地を歩く感じでした。
その辺でトイレをすますことは出来ず、わざわざ近くの公園まで行くこともありましたし、スーパーなどへ入ってお茶だけ買って出てくるとか。
常にトイレのある場所を探していたし、トイレがあると済ますようにしていましたね。

田舎へ行くとその辺でも済ませられるのですが、このトイレ問題、その後ずぅっと苦労することになるのです。
女性か歩くとなると、この問題が顕著に表れてくるのではないかと思います。

使った地図は、山と渓谷社からででいる「ちゃんと歩ける東海道五十三次」という地図ですが、なんとかの跡や道標、神社やお寺などが書かれているのですが、まったくそんなものは必要ではなく気づかず通り過ぎることも多々あり、そんな情報よりはトイレも書いてほしいなぁと思ったものでした。

明日は天下の剣 箱根のお話。
もうちょっと選挙について書きたかったわん。


posted by もえぎ野山荘 at 10:43| Comment(0) | 日記

2026年02月08日

京急神奈川駅と横須賀線東戸塚駅

通勤の波にのまれながらも一日目が始まりました。
この日は横須賀線東戸塚駅前にあるネットカフェの快活クラブが目的地。快活クラブについては後日。
ですが、そこまでだと50km 以上あるのでとても行けません。現実的な目標は神奈川駅で、そこから電車に乗り東戸塚駅へ行こうと考えていました。

最初の宿場町の品川宿、本陣跡があるだけでしたが旧東海道に沿って商店街があり、なんとなくその面影を残しています。
だいたいが、なぜ大した距離のない品川に最初の宿場があったのか、知る由もありませんが、その栄華が現在の品川駅周辺の発展に寄与しているのでしょうね。
その品川駅周辺の大いなる発展に対して、ちょっと下町の風情がありました。

箱根駅伝で通る、ここが八ツ山橋か、この橋が六郷の橋ね、などと感慨にふけながら生麦へ。
歴史で習った生麦事件がここで起こったのか、と。
もちろんその事件は知ってはいるのですが、実際にその場所を訪れるとちょっと違う意識が芽生えます。
それは京都二条城の二の丸御殿で、大政奉還の話し合いが行われたのを見た時ど同じ気持ち。
ここに150年前に徳川義信が座っていたなんて、というのと。

で、目標にしていた神奈川駅が近づきます。
ここでちょっと考えました。
神奈川駅は京浜東北線?? 東戸塚駅は横須賀線ではないか。
ということは、横浜駅で乗り換えをして東戸塚駅へ行く必要がある。
ということは、翌朝戻ってくる時も乗り換えをしなければならない。
それは面倒と思い、横浜駅まで歩こうと決めました。
神奈川駅と横浜駅は1.2km くらいの距離で大したことはない、と思ったのです。

が、この文章を書くにあたって調べてみると、神奈川駅は京浜急行でありJR ではなーい。
じゃぁ絶対に乗り換えじゃん。
よくあの時、横浜駅を目指したもんだい、ま、神奈川駅まで行っていたら気付いたと思いますが、知らぬとはいえ我ながらがよくやった、と思っているところでございます。
そんなたいそうな?!

明日はトイレのお話。

  20260120_145755.jpg

posted by もえぎ野山荘 at 09:05| Comment(0) | 日記

2026年02月07日

JR と黒の軍団

中央線で東京駅まで1時間ちょっとの道のり、そこから日本橋まで歩く必要があります。
朝、立川を6時半ごろの電車に乗りました。
そんなに混んでいないだろう、座れるかもと思っていた目論見は電車が入ってきた途端にもろくも崩れ、混み込み。
この時間で7、8割方の乗車人数という感じです。

ええっ! こんな時間からこんなにラッシュがあるの、と。
仕方なくドアと座席の角の部分に40ℓ のザックを置き陣取ります。
結局東京駅までたちっぱなしで、今回の歩き旅で一番しんどい部分であり核心部だったかも。
まだ歩き始める前に、勝負はついたという感じで。

東京のサラリーマンは毎日こうやって通勤しているのですね。
これを定年まで続けるのでしょうか、もうそれだけで尊敬です。

車内を見渡すと、ほとんどの人はスマホをイジイジ。
みなさん何を見ているのでしょうか、最近は本を読んだり新聞を見ている人は皆無です。
ほとんどの人は黒系統の服装で女性でも暖色系はなく黒っぽい服装でした。
これを黒の軍団と呼びます。

それに、だーれもしゃべらない。
1両に何人の乗客がいるのか、話し声は聞こえません。不思議だなぁ。

1時間以上経ちっぱなしで東京駅に到着し、日本橋はこっちだろうと思いながら人並みに飲まれていきます。
やっとのことで到着。
ここで、これから京都まで歩くのかぁ、歩けるのかぁ、という期待感と絶望感が入り混じった感情を受けました。

意気揚々? と歩きだし、初めて訪れた銀座では有名ブランドが軒を連らね、こういう位置配置なんだわ。
有楽町駅方面から縦に伸びてると思っていたのですが、横方面に展開されているのですね。
アップルもありました。ここね、新商品が発売されると行列ができるというのは、などと思いながら新橋へ。
すると、またまた黒の軍団に飲み込まれます。

サラリーマンの聖地である新橋で、出勤途中の人々の列に入ってしまいました。ほとんどが黒系統の服装、またもや無言。

かくいう僕も、実は全身黒だったのです。
合わせたわけじゃないのですが、今回なぜかそうなりました。
黒のウインドぅブレーカーに黒のズボン、黒の手袋と靴まで黒、違っていたのはお遍路で使った菅笠と赤いザックを背負っていたこと。
周りからは、コイツなにをしているんじゃぁ、と思われていたことでしょう。
まさかこれから京都まで歩こうとしているとは、予想だにしなかったことだと思います。

途中にあった芝 増上寺にお参りし安全祈願をし、一日目が始まりました。

  日本橋、東京五輪の時に高速道路を突貫工事でやったため、
  橋の風情も何もありません。
  20260120_075131.jpg
  銀座高島屋、朝早く開店前で良かった、場違いですから。
  20260120_081637.jpg
  芝 増上寺、こんな感じに東京タワーがあるとは。
  20260120_085702.jpg




posted by もえぎ野山荘 at 09:33| Comment(0) | 日記

2026年02月06日

東海道五十三次

みなさま、昨晩原村に戻ってきました。
1月20日に東京日本橋を出て、2月3日に京都三条大橋に到着。
15日間で500km 以上歩いたでしょう。
そのあたりの詳細は後日に書きますが、日本橋で「果たして京都まで歩けるのか」と思いましたが、一歩一歩足を進めていけば歩けるもんですね。

いやいやいや、そんな簡単には言えないかもしれませんが、今回もまた様々なことが起こりました。
雪に降られたりテントに嫌がらせをされたり、幸いにも雨には合わず、ずっと晴れまたは曇りで濡れることなく歩けました。
ただし滋賀県に入った途端に小雪に合い寒いのなのんの、曇り空で気温か上がらず。

14泊のうち、5泊はネットカフェの快活クラブに逗留し、残り9泊を野宿で済ませました。
寒かったのは、元箱根芦ノ湖湖畔の公園と鈴鹿峠でした。
何を好んで標高の高いところで、と思いますが行程上そこが良かった。

ただ旧東海道、なにも残っていません。
宿場町の雰囲気も当時の面影も、旧道そのものはしょーもないんです。
なにもない、見る物もなく見どころもなく、ただひたすら歩くだけで、だから一日40km 前後を歩けたと思います。
2日目に、やめようかと後悔したぐらいですから。

四国お遍路の方が面白かった。
四国にはお接待と言う習慣があり、お遍路を大事にしてくれる文化があります。
それはすごいことだと、改めて東海道を歩いて分かったことでした。

京都三条大橋では感慨にふけることもなく、あ〜やっと終わったと。
それよりも久々に京都にきたぁと、三条大橋から眺める賀茂川の流れに感動しましたね。

そのあと泊まるところと言えば大阪の実家、オカンは相変わらず鬱陶しく実家なんか泊まるもんではないと思いながらも2泊、歩いた疲れをとり普通列車で9時間かけて戻ってきた次第です。

その東海道五十三次を歩いた感想は、もう二度とやらない、街道歩きもしない、しょーもないんてすから。
その歩く価値もないのです。
今後は自転車、バイク、登山に注力しまっさ。街道歩きは卒業です。

ということで無事に原村に戻られました。
明日以降いろいろと書いていきますぅ。


posted by もえぎ野山荘 at 11:25| Comment(0) | 日記

2026年01月18日

やっぱ東海道でしょ!! Vol2

明日は甲州街道の昨年の残り、JR四方津駅から歩き始めどこまで行けるか、相模湖駅までは行きたい。
そして東京にいる長男のところに泊めてもらい翌20日朝、東京駅まで移動し日本橋まで歩き、東海道を歩き始める予定です。
予定では横浜近辺まで行きたい、果たして横浜で野宿ができるかどうか。
最近はそんなことしてたら、通報されますから。

ただし、四国と違って交通網は発達しています。
例えば快活クラブのある駅まで、電車移動だってできるんですよね。
電車が1時間に1本ということもないでしょうし、お店もどこでもあるし、コンビニだってあちこちに。
救急車やパトカーなんぞも、呼ぼうと思えばすぐに来てくれるでしょう。
なにしろ四国では、2日分の食料もって歩いていることもありましたから。
その点、多少気が楽です。

紙の地図も持って行きますが、その地図は旧東海道の道地図ではあるのですが、コンビニやトイレ、スーパーなどは書いて無く、自分でGoogle Map を駆使して探さねばなりません。
そこが多少煩わしく、前もって調べておくのがどうも・・・。
ま、普段から行き当たりばったりですから、そこはいつも通りです。

今回は、四国で必要だった金剛杖が要らなく、お線香やろうそくもいらないので、お寺をお参りすることの時間が多少省けるでしょう。
その分、近くに名所旧跡があれば寄りたいし、観光もかねておいしい物も食べ、で。

果たしてどうなりますやら。
その様子は、ヤマレコに書いていきますので、乞うご期待を!!
ま、何のために東海道を歩くのか、と問われれば、それは念のためじゃぁ〜。

ヤマレコのアドレスは、こちら。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/userinfo-736773-prof.html
電話番号は、090−4668−8725 で通じますぅ。


posted by もえぎ野山荘 at 14:25| Comment(0) | 日記

2026年01月17日

やっぱ東海道でしょ!!

昨年、四国お遍路を完結し、次なにやるべ、と考えていたところ「やっぱ東海道でしょ」と思い立ち、来週から東海道の旧道を中心に京都三条大橋まで歩こうと思っています。
20日に日本橋から歩き始め、その日は横浜近辺まで、21日は平塚近辺まで行ければいいなぁ。
そのあとの箱根をどう攻略するか、そのころに寒波が到来する予報で雪にならなければいいがなぁと思っているところです。

野宿中心で、野宿の適地が無ければネットカフェの快活クラブなども利用して、静岡や浜松、名古屋などで野宿ができるかどうか。
どうか職質に合いませんように、と祈るのみ。

四国ではお遍路の格好をしていたので、横を何台もパトカーが通りましたが、一切職質には合いませんでした。
合えば、この格好を見て四国のお巡りが何してるかわからんのか、と言ってやればいい。
が、東海道で白装束を着ているのは多少おかしく、かといって不審者に思われるのも心外なので、三角形の菅笠かぶっていきます。

一日の動きは、ヤマレコに毎日アップしていくつもりですので、沿線の方々、お会い出来ればいいですね。
アドレスは、
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/userinfo-736773-prof.html、です。

その練習がてら、靴の状態を確認がてら昨日、塩尻から松本城まで歩いてきました。
結構強風か拭いていたのですが、問題なく松本城に到着。
何十年ぶりの松本城でしょうか。
そこは外国人だらけでしたが、北アルプスをバックにそびえる国宝松本城は蒼々たるもの。
ただーし、その入場料金1300円。
ちょっと無理、と思いそそくさと松本駅へと向かったのでありました。

  北アルプスをバックに、結構有名な写真スポットだと思います。
  IMG20260116130701.jpg
  この菅笠かぶっていきます。何かしていると思われない
  といけませんから、目印にもなると思います。
  IMG20260117110328.jpg


posted by もえぎ野山荘 at 11:12| Comment(0) | 日記

2026年01月15日

大義なき解散

非常に腹立たしいですよね。
いったい誰のための、なんのための解散なのか。
国民生活をそっちのけで、自民と維新の新たな枠組みに信を問う、という取って付けたこじつけの理由での衆議院の解散。
国民がこれだけ疲弊しているのに、選挙をしている場合か。

今の支持率の高いうちに選挙をすれば勝てるという思惑で、これは安倍元首相が投じたやり方で、その流れをくむ高市首相は安定した政権を目指すという、衆議院で過半数を取りたいという党利党略以外の何物でもない。
別に国民は安定した政権なぞ、望んでないのです。
自分たちの生活のほうこそ、安定したいわけですから。

これで年度内の予算成立が厳しくなるそうな。
国民をないがしろにしてまで選挙をする理由は、前言とまったく違うこのやり方、多くの人に迷惑をかけています。
これから受験が始まる高校生はどうよ、雪国の自治体ではポスター掲示板などの設置が難しいそうです。
その掲示板を作る業者は、自治体職員は、てんやわんやだと思います。
投票所に行けるのかどうか。

この後に及んで大阪では、府知事選と市長選も同時にあるそうな。
これは大阪維新の会、都構想の是非を問うために現職が辞職するのだとか。
過去2回否決されたことをまた蒸し返し、あきれるばかりです。
大阪都にしなくても、もっと他にやり方があるだろうに。
これには創業者である橋下徹氏や松井一郎氏も苦言を呈していると。
大阪では絶大に人気のある維新の会ですが、不祥事ばかり起こしているじゃないか。

かたや立憲民主党は、公明党と新党結成を模索と、これも違う。
公明党と一緒になればロクなことか無いぞぉ。
公明党はもう選挙区では勝てず、比例政党になっています。それは社民党と同じで、今後党勢の衰退からはぬぐえなくなるんです。
そんな斜陽な党と組んでどうするんじゃ。

というようにどさくさに紛れて、相手の準備が整わない間に選挙をするという姑息な自民党、世間を混乱させてまで自分たちの議員の椅子をも守ろうとかするのであれば、ギャフンと言わせてやろうではありませんか。

もう毎年のように選挙をやるのであれば、首相の専権事項とはいえ解散権の乱用でしかなく、やってられんわぁ。
なんのための解散か、念のためか、怒れ日本国民!!


posted by もえぎ野山荘 at 09:25| Comment(0) | 日記

2026年01月13日

おひなさま

明かりを付けましょ雪洞にぃ〜、明かりは付きませーん。
お花を上げましょ桃の花〜、まだ咲いていません、外は雪ぃ。

ということで、ちょっと早いですがおひまさまを飾りました。
女房殿の嫁入り道具で、もう60年近くたっているもの。
飾りつけと片付けは、毎年僕の仕事です。

お人形も年に一度は出して飾ってやらないと、と思うのですが、このために一部屋客室をつぶしてしまいます。
昔々のスノーシューツアー全盛のころは2月に4部屋使うことがあり、一旦片付けてもう一度飾ったことがありましたが、そういうのはもはや昔話に。

今や7段のおひなさまは珍しくなっているでしょうね。
今後も大事にしたいと思います。
しかーし、夜な夜な人形は歩き回っていますから、気を付けましょう。
なにしろお人形をしまう段ボールは、逃げ出さないように紐で縛っているので。
お〜こわっ。

  IMG20260113102851.jpg
  

posted by もえぎ野山荘 at 11:04| Comment(0) | 日記