2017年04月26日

さくら満開

ただし、諏訪 茅野でのお話。
原村ではもう1週間ぐらい満開になるのは必要でしょう、ようやく咲きだしたようですから。

昨日諏訪へ出たついでに、お花見スポットへ行ってきました。
今年はいつもより10日ぐらい遅いんですよね。

3月下旬から2週間ぐらい日本を離れていた間に、何があったのか。
子供たちに聞くと、その間に雪かきが必要な積雪が3回ぐらいあったと。
あれだけこの冬は暖かかったのに、3月下旬にそんなに降ったとは。

屋根雪の落下から車を守ろうと動かそうとしたらしいですが、動かせなかったと言っていました。
それもそのはず、バッテリーのプラグを抜いていたんですよねぇ。
2週間も動かさなかったら、バッテリーが上がると思いましたから。
まあ車は無事でしたから、良かったですが。

さてお花見、今が見ごろです。
まだ1瞬間ぐらいは見られると思います。
茅野の運動公園や諏訪湖に流れる上川という川があるのですが、そこの河川敷にスイセンが咲き堤防には桜が咲いているんです。
ここは長野県内のニュースでも流されるぐらいの有名スポット。

GW前半ぐらいまでは持ちますよん、たぶん。

  CIMG5256.JPG 茅野 運動公園
  CIMG5257.JPG 茅野 運動公園
  CIMG5269.JPG 諏訪 上川の堤防道路
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2017年04月25日

Freetel Priori3 LTE

アフリカなんてWIFI 環境が貧弱でしょうと思って、1月にアマゾンで購入したスマホ、FreetelのPriori3 というもの。
全く使えませんでした。
いえ、正確には使いこなせませんでした、と言うのが本当のところ。
SIMフリーのもので、世界中どこへ行っても大丈夫だと思いますが、購入して一度もSIMカードを使わず現地で何とかなるさって思っていたのに、なんともなりませんでした。

タンザニアのSIMカードを買い、お店でセッティングをしてもらい、スクラッチカードを買ったのですが、なぜかインターネットにつながらない。
アンテナは3本立っているので電波は受信しているのに、ネットにつながらない。

なにか設定が間違っているのですよね。
それに気づいてもそこはタンザニア、なんとも仕方がありませんでした。
APN設定ができていなかったからかなあと思っています。

やはり初めてのマシンは、なにかしら使わないといけなかったですよね。
せっかくテザリング用にと思ってアマゾンで9,200円で購入しましたが、使う本人が分かってなければ宝の持ちぐされ。
せめて国内でのSIMカードを買っておけば、こういう事もなかっはず。

また使うこともあるでしょう、と思いつつ箱に入れて片付けました、なにか?

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2017年04月24日

大都会 東京

年に一度くらい東京へ行きます。
いや、正確には東京を通ります。
東京へ行くのが目的ではなく、空港であったりディズニーランドであったりと、そこへ行くために通るというのが本当のところ。

でも行くたびに、刺激を受けますよね。
何がすごいか、あのひと、ひと、ひとなんです。

今回も成田空港へ東京駅から行くべく、八重洲口からバスに乗りました。
23年ぶりの東京駅だったのですが、平日昼間にも関わらずあの人の多さ。
人口7,500人の村の住民は、人をよけて真っすぐ歩けないのですよ。
その成田空港行きのバスも、10分に1本の割合で出ているんです。

その前にちょっとおやつをと思いマクドナルドがあったので入ってみると、カウンターにいるスタッフは全員外国人ばかり。
どこの国の人たちでしょうね、東南アジアって感じではなくインド系でしょうか。
ぎょっとしましたが、見事に日本語を話しています。
こんなに日本語を話せるの、って思いました。
たぶん母国では優秀な人たちなんでしょうね。
そういう人たちがどうして日本で、しかもマクドナルドのようなところで働いているんでしょうか。

台湾へ行くときも、夜11時過ぎに山手線に乗ると結構な混みようです。
しかも8割がたがスマホをいじっていました。
ああ、今都会はこうなんだわって思いました。

JRの切符を買う時も、券売機の前でしばらく眺めていました。
これ、どうやって使うんかなぁ、と。
改札通る時も、みんなICカードばかりで切符を通している人はいませんよね。
その切符を落としてはダメだからと思い、手に握りしめて降りるときは切符が湿っていましたよ。

香港では人と車の多さとビル群に圧倒され、クアラルンプールでは街に勢いがあると感じたし、台北では暑さに参りましたが、やっぱりすごいのは東京ですわ。
世界の大都市、見るところもたくさんあるし、外国人も結構働いています。

以前、飯田市から来られたお客様が、新婚旅行に東京へ4泊5日で行ってきた、とおっしゃっていました。
それ、わかります。観光だけでも十分それぐらいかかると思います。
ここの村から東京へ行くっていうのは、外国行くのと大差ないです。
じゃぁ、次は東京ってか?!


posted by もえぎ野山荘 at 14:33| Comment(0) | 日記

2017年04月23日

新宿、吉野家

あのね、新宿駅南口を出て甲州街道に面した時、右手の交差点に吉野家があるでしょ。
そう西新宿一丁目の交差点に、となりに両替の大黒屋があって。
やはりあのオレンジの看板は目立ちますよね。

昨年7月台湾からの帰りバスタ新宿から高速バスに乗るまえに、小腹がすいたなぁと思って甲州街道に面して辺りを見回すと、目に飛び込んできました、例のオレンジ色の看板が。
一発で牛丼の吉野家ってわかります、あの看板の色って大事だなぁと思いました。

その吉野家、諏訪地方にはないのですね。
松本か甲府まで行かないと食べられません。
そうまでして食べに行くものでもなく、何かの機会に見つれられたら食べようかというもの。
その何かの機会が、台湾からの帰りに訪れたんです。

台湾やマレーシア、香港でも、その国のおいしいものはたくさんあります。
台湾では夜市などで歩きながら食べるのも、また楽しみ。
でも、食はやはり日本だと思います。
日本の食に勝るものはないのではないでしょうか。

今回のアフリカ旅行で、街の住民が何人も串に刺した肉やチャパティのようなものを買いに来ていました。
選択肢がないのでこちらもそういうものを食べているのですが、食べながらよくこんなものを買いにくるなぁと思うし、またよく売っているなぁと思いました。こんなまずいものを。

それに引き換え、日本の食。
まずいものでは売れないですから、たいていおいしいです。
寿司やラーメン、牛丼もそう。

その西新宿の吉野家、たいして広い店ではありませんが、いつもいっぱい。
外国人もちらほらと来ていて、店員は英語をしゃべっていました。
こんな所にも外国人って思いましたし、店員は英語話すのかって関心しました。

で、席に着くなり注文しましたよ「牛丼大盛りと味噌汁ひとつ」って。
日本人でよかったぁと思う瞬間でした。
次は、ラーメン屋、どこかにないかなぁ。


posted by もえぎ野山荘 at 10:40| Comment(0) | 日記

2017年04月22日

やりすぎの日本

毎回海外へ行って思うのは、日本と比べてなんとすっきりしているのかってことです。
例えば電車やバスのアナウンスや、コンビニなどに入ったときの「いらっしゃいませぇ〜」というのが、ない、ということ。
これ、最初は違和感を覚えるのですが、慣ればなんと楽なことかって思うんです。

昨年7月に台湾へ行った帰り、成田から新宿へ行くべく京成電鉄に乗っていました。
その日大雨があったらしく、ダイヤが乱れていたようです。
その時の車掌のアナウンス、
「本日はお忙しいところ、電車が遅れて大変申し訳ありません。ただ今2分遅れて運行しております。」
って言っていました。
電鉄マンとしてはダイヤ通りに運行したいのでしょうが、2分にどれだけの価値があるのか。
まして台湾の電車やバスは車内アナウンスが無かったので、その時すっごく違和感を感じたのを覚えています。

コンビニやスーパーへ行っても、必要以上の挨拶。
そうやれって教えられているのですが、あれを今の言葉でいうと「ウザイ」ですよね。
ほっといてくれって思いませんか。

努力の方向性が間違っているように思います。
無駄なことや、やっても意味のないようなことを一生懸命頑張っていますよね。
しゃべる自動販売機やATM、これって必要かって。
企業の自主回収にしても、パッケージの印刷が間違っているだけで健康には問題が無いのに自主回収。
そんなものが街にあふれているようで、ほとんどすべてが作り手の自己満足なんですね。
それがサービスだと思っていること。
そうすることで、お客さんが満足していると思っていること。

本当のサービスというのは、相手の心に響くものだと思うのですが、如何。
世界標準からかけ離れた日本という国。
そう言う部分があこがれの国になっているのかもしれませんが、そろそろ世界と合わせてみてはどうよ。





posted by もえぎ野山荘 at 16:07| Comment(0) | 日記

2017年04月21日

日本人であること

今回のアフリカ旅行では、キリマンジャロ山頂で3,4人の日本人パーティにあった以外は、ドーハで羽田行きの搭乗ゲートに行くまで一人の日本人にも会いませんでした。

これは4月1日を挟んでいたことか、大きいと思います。
ここは狙っていったんですよね。
学生の卒業旅行はなくなるだろうし、4月1日を挟むことで日本人はいないだろうし、と思っていました。
が、まったくここまで会わないとは、それだけ日本人にとって4月1日は重要な日なんです。
まぁそんな日を挟んで旅行している変なヤツもいるんですけれど。

日本人がよく利用するホテルなどに泊まったのですが、旅行シーズンそのものを外れていたためか、宿泊者そのものが少なく、ずぅっっと一人でした。
ちょっと寂しかったですよね。
だからドーハの羽田行き搭乗ゲートで日本語が聞こえてきたときには、ほっとしたものです。

元来が、この東アフリカのエチオピア、ケニア、タンザニア、ウガンダ、ザンビアという国々では日本人は少なく中国人ばかりです。
これらの国々に、日本は中国に経済進出で負けたんですね。圧倒的に中国人が多いんです。
たから、街を歩ていると「China(チナ)」って声をかけられるんですよ。
遠くで聞こえている分には無視すればいいんですが、目の前で言われると「No,I'm Japanese」となります。
そうすると相手の態度が少し変わるのが分かるんですね。
なんだ中国人じゃないのかって感じに。

中国にはGNPで抜かれましたが、国民一人当たりに換算すると一桁違うと思います。
まだまだ中国はまずしい、キリマンジャロ登山で一緒に歩いていた中国人3人も、日本はリッチな国だと言っていました。
東南アジアに行っても、日本は憧れの国だというのが感じられます。

だから、中国でも日本の事は知られています。
標高3,750m という富士山と同じ高さのところで谷村新司の「昴」を聞きながら、なんともカオスと思いながら豆ごはんを食べていました。
そのほかにも高倉健に始まり、三浦友和、山口百恵なんて言葉が飛び出すんですよ。
我々は中国の俳優や歌、映画なんぞ知っていますか。
知っているのは習近平ぐらいじゃないですか、その前の首席すら忘れていますよね。

いまや日本の文化は世界を席巻しています。
寿司やラーメンなどもそうだし、漫画に代表される日本のアニメは世界中で見られます。
日本の文化、日本人であることに誇りをもてばいいと思います。

でも
かの中国人3人組、キリマンジャロ下山後にサファリへ行くって言っていました。
また1,000ドルから1,500ドルが必要になります。
すごいなっ、こいつら金持ってるわって思いました。
GNPを抜いていっただけのことはありますね、とても太刀打ちできませんでした、僕は・・・。

posted by もえぎ野山荘 at 14:45| Comment(0) | 日記

2017年04月20日

アフリカ旅行記12 ザンジバル

そろそろこのアフリカ旅行記も、終わりにしようかと思います。
このまま続けていれば、なんか愚痴や不平不満の吐き出す場所になりそうで、そういうのはまたカウンターに座られたときにでもお話しましょうか。

さて、キリマンジャロ下山後に行きたかったのが、インド洋に浮かぶザンジバルという島です。
ストーンタウンという中心の街があって、その街全体が世界遺産に指定されていて、その街を見たかったからです。
迷路のように石造りの家並みが続いており、車は入れません。
時折、地元のバイクが結構なスピードで走っていきます。基本は徒歩でないと回れない造りになっていました。

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このストーンタウン、18世紀から19世紀にかけてインドの商人が進出し、奴隷貿易をして栄えたところ。
その名残の博物館や牢獄跡があったのですが、入場料が取られたりするために入りませんでした。
それよりも我々になじみがあるのは、イギリスのバンド、クィーンのボーカル フレディ・マーキュリーの出身地として知られているところです。
ガイドに教えてもらいその生家跡を探したのですが、わかりませんでした。でもあまり地元では人気が無いようでした。たぶんその容姿がインド系だからかもしれません。

その後、東海岸のパジェという街へ。
ここには「The Rock」という海のなかの岩の上にあるレストランがあるのですが、それを見たさに行きましたが、一日中雨だったため動けませんでした。
まあ行っても食事はするつもりはなく、見るだけだったのですがちょっと残念でした。

キリマンジャロから下山後にどこかでゆっくりしたかったので、ザンジバルへ行きましたがここへは行く価値はあまりなかったように思いました。
途中でカタール航空の便の変更をしようと思ったのですが、それは10万円以上もするためにあきらめたので、その日程をつぶすために行っていたようなものでした。
もっと早くに帰ればよかった。

そんなところまで二度と行くことはないかもしれませんが、無事に帰ってこられたので良しとしましょう。
このことが何よりですよね。

ということでアフリカ旅行記は、一旦終わります。
何か気付いたことや書きたいことがあれば、単発で書こうと思います。

4月8日に山手線の車窓から眺めた東京は、桜が満開でした。今年はなぜまだ咲いているのかと思っていましたが、信州では今桜が満開。
諏訪では咲き始めたところです。そういう季節の便りを乗せていきたいと思います。

あっ、カウンターに座られたら、もっとしゃべりますからお楽しみにぃぃ。


posted by もえぎ野山荘 at 15:55| Comment(0) | 日記

2017年04月19日

アフリカ旅行記11 かかった費用

今回のアフリカ旅行、いったいいくら使ったかを考えてみようと思います。
ええ〜、このブログを書きながら詳細を詰めてみようと思いますので、ただいま戦々恐々としております。
ただ、まだクレジットカードで使った分が請求されていなくて、レートがそれぞれわかりませんので、大体の金額ですが確定しても大差ないでしょう。

まずは交通費から、
カタール航空で行きが成田〜キリマンジャロ空港と帰りがキリマンジャロ空港〜羽田までの往復で、74,420円。これは3月分で支払い済みです。
原村から成田空港までは、村内のデマンド交通300円、高速バス代2,550円、JR運賃200円、成田までのバス代1,000円で4,050円
原村へは羽田から京急電鉄410円、JR運賃200円、高速バス代2,550円で3,160円で、合計すると81,630円
この金額で、原村からアフリカキリマンジャロまで行ってきたことになります。

その次に現金を900ドルもっていきました。
これは、マネーパートナーズという上場企業のサイトから両替をし、成田空港の窓口で受け取りました。
ドルが必要ということでどうやって両替しようかと悩んでいた時に、この会社のHPを見つけました。
新宿辺りの大黒屋とかトラベレックス辺りで両替をすると10万円両替した場合、3,000円から4,000円ぐらいの手数料を取られます。
それがこのマネーパートナーズという会社、10万円だと手数料は200円で済むんですね。それと空港受け取り手数料の500円が必要で、全部で700円で済みました。
本来はFXをやっている会社。
手数料を安くして口座を作ってもらい、将来的にはFXの取引をしてもらおうという魂胆のようです。ドルやユーロなどの主要通貨を両替するには、使い勝手はいいと思います。

そしてその900ドルは、羽田に帰ってきたときは1ドルしかなかったので全額使ったとしましょう。900ドルは113円で両替しましたから101,700円になります。
タンザニアビザの取得 50ドル
モシまでのタクシー代  30ドル
登山のツアー会社へ  500ドル
寝袋と水筒のレンタル代 20ドルと5ドル
ポーターたち―のチップ代 150ドル
タンザニアシリングへの両替 80ドル  
キリマンジャロバックパッカーズ 宿泊費2泊で12ドル
フラミンゴゲストハウス 宿泊費2泊で30ドル
アミラスルームズ 宿泊費 17ドル       で合計894ドル

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1ドル残っていましたから、あと5ドルは何に使ったか覚えておりません。
ドルは流通はしていないのですが、外国人を商売にしているところなどでは使うことができました。
注目すべきは、タンザニアシリングへの両替で80ドル使っています。これがタンザニアでの食費やバス代などの滞在費に使いました。たった80ドルで生活していたんですね。

そして最後にクレジットカードでの支払い。
3/26 キリマンジャロ入山料 マチャメゲートにて 820ドル
4/1 キリマンジャロ空港〜ダルエスサラーム空港 Fstjet 68.1ドル
   ダルエスサラーム空港〜ザンジバル空港  Zanair 58.8ドル
4/6 ザンジバル空港〜ダルエスサラーム空港  Zanair 55.4ドル
   ダルエスサラーム空港〜キリマンジャロ空港 Fastjet 47.1ドル
4/3.4 Teddy's Place 宿泊費 37.7ドル
4/5  Amirs Roomz 宿泊費 3ドル(予約のデボジット)

これを全部足すと1,090ドルとなり、これがレートが分からないのですが1ドル111円で計算すると120,990円となりました。
ギョッギョッですね。こんなに使っていたのかと思います。

そのほかに、海外旅行傷害保険をau でかけました。それが5,282円
サイトを比較したらau が一番安かったのです。

それを全部足すと、309,602円となりました。
まあ、こんなもんでしょう。思っていたぐらいより、少し高かったでしょうか。
この中で今後の支払いは、クレジットカードでの代金です。
これがはっきりわかりません。その当日のレート次第で1,000円ぐらいは変わってくるでしょうから。

キリマンジャロの入山料が820ドルもしたことや、ポーターへのチップが最近の相場では200ドルのところを150ドルに値切ったことや、思ってもいなかった出費があってモシへ入った初日に600ドルぐらいなくなって、もう100ドルぐらい多く持っていけたら、空港でのお土産や飲食などもう少し贅沢できたかもしれません。

羽田空港に着いたときに1ドルしかなく、日本円は5,000円くらいしかありませんでした。
1万円くらいあれば、築地へでも行って朝食食べようかと思いましたが、雨が降っていたのとちょっ疲れていたのとで行けずじまい。
まあ築地は逃げないですから、そのうちに行けるでしょう。行こうと思ったら豊洲に移転してたりして・・・。

そんなこんなで30万円かけて行ってきたキリマンジャロ登山、東アフリカ旅行でした、ハイ。




posted by もえぎ野山荘 at 17:02| Comment(0) | 日記

2017年04月18日

アフリカ旅行記10 泊まった安宿

今回のアフリカ旅行は16日間でしたが、その宿泊の内訳は機中泊1泊、空港泊2泊、テント泊5泊、そしてホテルに泊まったのが7泊でした。
ホテルというよりもドミトリー主体の安宿で、7泊ですが4か所です。
それについてちょっとお話しますと、あまり参考にはならないかもしれませんが読んでくださいマシ。

キリマンジャロバックパッカーズホステル モシ ドミトリー1泊6ドル
                             3月25日と31日に宿泊

この宿、日本人バックパッカーには知られた存在で、多くの日本人が訪れているようです。モシに入った初日とキリマンジャロから下山した日に泊まりした。
何しろ安い、ドミトリーですが朝食付きでたったの6ドル、それに清潔で寝る分には何ら問題はありませんでした。
ただ、フロントの若い兄ちゃんはあまり愛想がなく、もうちょっと笑ってくれればと思いましたが、そこはまだ経験がありません。日本の若者でもそうです、しゃべらないですよね。もう一人いた年配の方はいろいろとオシャベリできました。

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フラミンゴゲストハウス ザンジバル ストーンタウン ドミトリー1泊15ドル
                             4月1日、2日に宿泊

ここも日本人には有名なゲストハウスです。清潔で朝食付きでこの値段、ストーンタウンの物価の高いことを考えればまあまあでしょうか。
ただ、二人いるフロントのおじさんは一人は気さくに話すのですが、もう一人はにたりともしませんでした。
なんで客商売をやっているの、という感じでしたが、こちらの質問にはちゃんと答えてくれました。
ストーンタウンを観光するために2連泊、ドミトリーを希望しましたが宿泊人数が少ないため、シングルルームへ通してくれました。
 
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ニューテディズプレイス New Teddy's Place パジェ ドミトリー1泊18ドル
                             4月3日、4日と宿泊

ザンジバル島の東海岸パジェにあるドミトリー主体の宿。ザンジバルの東海岸は欧米人が多くくる観光地なので、全体に宿泊料が高いですが、ここはドミトリーで18ドルと比較的安い宿でした。
海にも100mほどで泳ぐには最適でしたが、山屋の僕にはちょっと場違いでした。ほとんどが砂で欧米人は裸足で歩いていましたが、ちょっと日本人には無理でしたねぇ。
ベッドのあるところまで砂なんですから、ベッドの上が砂だらけの人もいました。気にならないんですかね。
日本人が経営しているパラダイスビーチバンガローも近かったのですが、あちらは1泊50ドルと手が出ませんでした。
ここパジェには、一生に一度は行きたいレストランと言われている「The ROCK」に行きたかったのですが、大雨で断念。一日ボォッーとしていました。これはこれでキリマンジャロ登山の疲れを取るにはよかっだてす。

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アミラス ルームズ Amira's Roomz  ザンジバル空港近く シングル1泊20ドル
                               4月5日に宿泊


ここはあまり良くなかった。翌日の飛行機の出発時間が早かったために少しでも空港に近いほうがいいと思い選んだ場所。オーナーは日本に3回行ったことがあるらしく、東京、京都、広島や長崎で原爆資料館も見たと言っていた、アラブ系のようで、気さくに話ができたのだが、夕食に行っている間に玄関の鍵をかけられ締め出された。朝、部屋を出ようとしたら、ドアを引くに引けず廊下側から開けてもらった。
でも空港まで無料で送ってもらえたので、そこは良しとしましょう。2,3分でしたが。

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というような感じなのですが、普段は10ドルもあれば十分に泊まれるのに、ザンジバルは物価が高いですよね。10ドルなんぞで泊まられる宿は安宿といえどもなかっだてす。

そのほかは、キリマンジャロ登山中のテント泊と、得意としている空港泊。これはカタールのドーハ ハマド国際空港と羽田空港。
どちらも深夜の到着だったために動くに動けませんでした。疲れと寝不足とで、おかげで下痢になりましたが・・・。


posted by もえぎ野山荘 at 13:49| Comment(0) | 日記

2017年04月17日

アフリカ旅行記9 タンザニアの人々

今日は何について書こうかと思っていましたが、いくらでも書くこことはあるのですが、タンザニアの人々について書こうと思います。

東アフリカのタンザニア、日本から飛行機で20時間以上かかります。
どんなイメージでしょうか。
これと言ってイメージはないでしょうか。
行く前にはサファリとキリマンジャロの国ぐらいにしか、僕自身もイメージはありませんでした。

でも、結構ちゃんとしていましたよ。
キリマンジャロから下山してホテルのフロントに洗濯物を出した時、翌朝9時までにほしいと言うとちゃんとその時間に洗濯物は届いていました。
時間がなかったのでしょう、厚手の登山用靴下などは乾いていませんでしたが、それは仕方がない。
きちんとたたんで袋に入れられていたのは、びっくりでした。
長袖シャツって、前身ごろを半分にたたんで袖を服に沿って上下に揃えて半分に折るたたみ方がありますが、そういうふうにたたまれていたんですね。
そうすると綺麗に見えるじゃないですか、タンザニアでもこういうたたみ方をするんだ、と感心しました。

財布を人前で出しても、危なさは感じませんでした。
もちろん全財産はそこには入っていないのですが、それをかっぱらってやろうという雰囲気はなかっだですよね。
人前でiPad を使っていても、羨望のまなざしは感じたものの、取られるような感じはしなかったです。

それにみんな親切でした。
こちらは一目で外国人とわかるわけです。
ちょっと道を聞いてもちゃんと教えてくれますし、話をするとハイタッチをすることもありましたし。
全部が全部そうではありませんが、それは日本でも同じで、悪さを企んでいる奴はいます。現にザンジバルで東海岸のパジェへ向かうバスのなかで、ぼったくられたわけですから。
それは外国人を常に習っている連中の仕業。
普通の市民はそんなこと考えていないのです。その時もある男性が、俺についてこいと言ってくれ助かりました。総じてみんな親切でした。

初めてキリマンジャロ空港に降り立った時、出口で全員黒人だったのにはびっくりしましたが、その時のタクシーの運転手には世話になったし、キリマンジャロ登山のポーターたちには献身的な部分が感じられました。

その登山で最終日、ゲートまで30分ぐらいのところで若いポーターと一緒に歩いたんですね。
その時に、モシの街で洗濯できないかって聞いたんですよ。
なにしろ6日間同じ服を着ていたわけで、登山の服を洗濯したかったんです。

そうしたら、彼はそれを僕と約束したと思ったらしく、解散後わざわざホテルまで来てくれました。
それはこちらの英語力の無さで、こちらは尋ねていただけだと思っていたのに、彼には約束したと思われたんです。その時すでにホテルのフロントへ洗濯物を出した後で、彼には平謝りでした。
そういう誠実なところがありました。
彼には申し訳なかったなぁと思います。
もっと会話力をあげなければと思いました。

そんな人々です、タンザニアの人々は。
確かにダルエスサラームなどは、犯罪が多いと聞きます。外国人は常に狙われているでしょう。
でもストーンタウンやモシの街では、夜、普通に歩けたんですね。
夜は危ないかって聞いたら、そんなことはないという返事が返ってきました。
もちろん最低限の注意は必要です。

帰国する日、ダルエスサラーム国際空港の第1ターミナルから第3ターミナルへタクシーで移動するときも、今日帰国するというとその運転手には、また来てくれと言われました。
次はサファリにくると言っておきましたが、また1500ドルかかります。
そんなの無理だわ、やっぱりないかなぁ・・・。


posted by もえぎ野山荘 at 11:42| Comment(0) | 日記

2017年04月16日

アフリカ旅行記8 ツアー会社

キリマンジャロ登山には、ガイドやポーターたちが同行することが義務付けられているようです。
裏道からこそっと入られないのかと思っていましたが、それには時間がなかったのと、各キャンプ地でサインをしなくてはいけなくて、そういう事も出来ないかと思いました。

そこで選んだ会社が、「NYANGE ADVENTURS」という会社。
単に空港で乗ったタクシーの運転手が、連れて行ってくれました。
運転手の「Trust me」という言葉を信じないでもありませんでしたが、ただ1社だけみて決めるのではなく、他の会社もまわりたいというと、運転手も会社の経営者もOK してくれました。

ほかを回ってみて比べてこちらがいいと思ったら戻ってくると言って、いったんは出て行きました。
でも結局この会社がいいと思った次第で、戻ってきたわけなんですが。

他3社回りました、はっきり覚えてませんが、日本人には有名な「Kili Climbers」という会社。
安くていいのですが、ここは安かろう悪かろうを地で行く会社だと思っていたので、連れていかれましたが当初から除外でした。
なんかポーターたちの給料をたたいているようなんですよね。
だからポーターたちは、評判は悪い。
それに金額も100ドルも変わらなかったように思います。
説明を聞きましたが、ちょっと上の空で覚えておりません。

で、最初に行った NYANGE ADVENTUERS に戻るのですが、ここが一番金額は高かったです。
でもここで良かったと、今は思っています。
なんかやっぱり最初の相性なんですよ、経営者の笑顔とか、従業員の立ち居振る舞いとか、そういう部分ではないでしょうか。

戻ってきたけれどもここの会社が一番高い、というとサービスしないいけないとは言っていましたが、そういうのを受けた覚えはないですよねぇ。経営者が言っているだけでした。

この会社に払ったのは、500ドル(約56,500円)。
これに我々の食費や交通費などが含まれるのでしょう。
そのほかに、国立公園入場料が820ドル、寝袋と水筒のレンタル代がそれぞれ20ドルと5ドルかかりました。
これはまた費用のところで、詳しく書きたいと思いますが、
5泊6日の登山期間中、山に登るだけで1,345ドルかかります。このほかにチップが必要でした。

他にもネットなどで調べて行ったのですが、ほんとに探すなら1日それにつぶさないといけないでしょう。
それに値段だけの差なので、なんかビビビッと来た会社に決めてしまうのも手だと思います。
到着した翌日から登りたかったので、時刻も午後5時を過ぎていましたから、どこかで妥協しないといけなかったですし、モシの街、結構大きいんですよ。
歩いていくには大きな街で、タクシーがあるうちに決めておきたかったというのもありました。

場所は、宿泊した日本人ご用達のキリマンジャロバックパッカーズホステルから、歩いて数分の距離です。
トリップアドバイザーのこの地域の会社で、1位を取ったと盾が飾られていましたがそこまではどうでしょうかねぇ。

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posted by もえぎ野山荘 at 14:58| Comment(0) | 日記

2017年04月15日

アフリカ旅行記7 ポーターたち

今日は献身的に働いてくれたポーターたちのお話。

当初、ツアー会社に行って聞いていた話とは違ったポーターの人数。
現場と経営陣と話が食い違うのは、どこの国でも同じだと思いますが、朝、集合した時に16人と聞いたときはびっくりしました。
昨日の経営者の話では6人と聞いていたのに、なんでそんな人数が必要か、とちょっと食い下がったのですが、これがスタンダードだとその場では押し切られました。
でも初日が終わるころには、これだけの人数は必要だと思いました。

ガイドが1人、サブガイドが1人、シェフ1人、ウエイター1人と後の12人がポーターのようです。
様々なものを持っています。
我々のテントや食料はもとより、自分たちのテントや食料も必要ですし自分の身の回りのものも必要でしょう。
一人一人が有に20kg 以上はあると思われる荷物をもって、途中で我々を抜いていくんです。
それは我々より先に目的地について、我々を迎える準備をするためだということが2日目にわかりました。
こういうところは、まったく日本の山の登り方の考え方が通用しません。
効率を考えてないんですから。

そんなポーターの中でも担当が決まっているようでした。
僕の荷物を持ってくれる人はいつも同じ人、そうすると何かしら話をするので人間関係ができてきます。
いつもありがとう、などというと彼も喜んでくれます。

ウエイターも決まっていますから、我々の身の回りの世話をやいてくれるので、一番話す機会がありました。
彼に、この仕事は楽しいか、と聞くと
間髪入れずに楽しいという返事が返ってきました。
正直、ちょっとびっくりです。

重たい荷物をもって、大して給料は高くありません。
それでも楽しいと、将来はガイドになりたいと言っていました。
このパーティの責任者は、やはりガイドなんですよね。
下積みを経てなるようなので、簡単にはなれないようです。
だから、ガイドになりたいと言っていました。

何人かほかの若いガイドにも聞いてみると、やはり同じ答えが返ってきました。
タンザニアの生活水準がどれくらいかわかりませんし、このポーターの仕事が給料がいいのかどうかもわからないのですが、他に仕事が無いのか、山で生きていくしかないのか。
僕なんか、6日も山に入ってこんな給料かよって思うと思います。

みんなに共通していたのは、ゲストをもてなそうという姿勢、これには共感しましたね。
ザンジバルや下界の連中より、よっぽど信頼がおけました。
それは山頂を目指すという、共通の目標があるからでしょう。

登頂後下山した時に、こんなところまで迎えに来てくれたのかって思いましたし、それを抱き合って喜んでくれたことはうれしかったですよね。
「おもてなし」という言葉はタンザニアにはないかもしれませんが、十分にそれが伝わってきた彼らの「おもてなし」でした。
ただ最後、街に戻ってからきちんと別れの挨拶ができなかったのが心残りです。

  CIMG5171.JPG
  最終日の朝、みんなで記念写真。前列左端が僕です。



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2017年04月14日

アフリカ旅行記6 山での食事

今日は、山でどんなものを食べていたか、について書きたいと思います。

今回のタンザニア旅行2週間で、山での食事が一番おいしかったです。
5泊6日での山行でしたが、様々な料理が出てきました。
この標高でこんなものが作られるのかって、日々感動しどれもおいしかったです。

それは、山へ行くという場合の効率を考えていない、というところから始まっています。
普通日本で山へ行こうとなれば、どういう食料をもって行きいかに軽くするかと考えますが、キリマンジャロ登山でポーターたちはそんなこと考えていないように思います。
なにしろ少し小さめのプロパンガスをもってきているのですから、それですべての調理をしているように思えました。
また、専属のシェフがいて我々の食事を作ってくれていました。

2日目の夕食、標高は3,750m 富士山の山頂と同じぐらいのところで、豆ごはんとビーフストロガノフが出ました。
ええっこんなところでこの食事かってそれだけで感動しましたが、その豆ごはんのおいしいこと。
ご飯もふっくらと炊けていて、圧力釜を使っているのかどうやって炊いているのかわかりませんでしたが、翌日シェフを紹介してくれって頼んだほどに感動しました。

外国のお米ってまずいんですよ。
ちょっと長めのパサパサしたものが多く、日本のようにお米だけではまずくて食べられません。
だから大皿の真ん中にご飯を盛りつけ、周りにおかずをのせて混ぜながら食べるというのが一般的になったんだと思います。
それに引き換えこの豆ごはん、すっばらしくおいしかったです。

  IMG_0715.JPG
  左がビーフストロガノフ右が豆ごはん、4人では食べきれないぐらいにあります。

毎日、食事がはじまったときにフルーツが出てきました。
バナナであったり、マンゴー、パイナップル、アボカドなどいろいろと出てきましたが、フルーツって重たいのに、誰がどうやって運んできているんだろうと関心します。

  CIMG4976.JPG
  CIMG4999.JPG

そしてスープ類が出てきて、そのあとメインという順番。
メインには、鶏もも肉をソテーしたものがよく出ました。
これは持ち運びのしやすさか、保存のしやすさかだと思いますが、もっともイスラム教の国だから豚肉は食べられませんから、肉と言えば鶏肉になるのだと思います。
いつも4品ぐらいだったと記憶していますが、どれもこれもおいしかったです。

この標高で、これだけの内容を作る技術。
下界で作るのとは違うと思いますが、素晴らしかったです。
結局下山後、街へ下りてもザンジバルへ行っても、この食事を越えるものには出会えませんでした。

下山してシェフと別れるとき、ハグして握手して感謝の意を伝えておきました。

少し写真を載せておきます。

  IMG_0703.JPG
  キャンプ地に到着して、ティータイムとしてポップコーンがよく出ました。
  CIMG5000.JPG
  2日目の昼食、ホットチーズサンドです。
  IMG_0746.JPG
  3日目の夕食、なんとかパスタとそれにかけるソース
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  4日目の昼食フライドポテト、これはその場で揚げたものです。
  ここは標高4,000m でした。
  IMG_0771.JPG
  その4日目の昼食で、鶏肉ソテーとサラダ
  IMG_0779.JPG
  4日目の夕食、まさかのスパゲティミートソース、ここは標高4,600m で
  水のないところ、ありえないですよね。


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2017年04月13日

アフリカ旅行記5 山頂アタック

午前0時に起こされると、外は雪。
ええっマジかよ、ですよ。
ここまで雨もなく天候に恵まれてきたのに、よりによって山頂アタックの時に雪、それも吹雪でした。

出発時点で2,3cm ぐらい積もっています。
軽くビスケットとコーヒーで朝食? をすまし、午前1時に出発。
こういう時間に出発しなければならないぐらいの、ほんとに登頂アタックって呼んでもいい登り方。
何しろここから標高差1,200m を登るんですから、アタックと呼ばざるを得ないです。

初めは、吹雪でした。
真っ暗ななか、ガイドの後ろをゆっくりゆっくりと登ります。
先行している別パーティのヘッドランプの明かりがいくつも見えます。
昨日見たあの壁を登っているんだ、という挑戦している気分です。

なんともルンルン気分で僕は登っていたのですが、ところが中国人の一人がすぐに遅れだしました。
昨日まではそんなに歩みも遅くなく、みんなと一緒に歩いていたのですが、あとで考えるとたぶん雪山の経験がそんなにないのでは、と思いました。
5,000m 以上の経験はあると言っていましたが、天気の良い日ばかり歩いていてもどうしようもないですよね。
僕なんか、こんな雪、2月に登った天狗岳の方がよっぽど寒かったし大変だったわ、と思っていたぐらいですから、ルンルンだったんですよ。

午前2時半ぐらいには雪は止み、星が見えだしました。
この調子でいいのかと思っていましたが、ガイドはポレポレ(ゆっくりゆっくり)というばかり。
遅すぎるんじゃないの、もう少し早くと思っていましたが、例の中国人の歩みは遅々として進みません。

途中で夜が明けました。
山頂でご来光を望むものだとばかり思っていたので、ちょっと拍子抜け。

  CIMG5128.JPG
  マエンジ峰の向こう側から陽が昇りました。午前6時半ごろ

陽が昇ってからも、まだ壁に張り付いていました。
別パーティもまだ登っています。
この辺りで雪は、多いところで20cm ぐらいあったでしょうか。
登山道は先行パーティがトレースをつけてくれていて、また凍ってもいないのでアイゼンなども必要ではなく歩きやすかったです。

ところが標高5,000m を越えると、空気がうすいなぁというのが実感できるんです。
一歩進むごとに大きく呼吸をしないと酸欠になるような感じ、ちょっとなにか作業をしようものならハァハァハァと何度も深呼吸をしないといけません。
高度ってこういう事か、と思いました。

  CIMG5131.JPG
  陽が昇ってからはこんな感じで登っていきます。

午前7時45分、外輪山の淵のステラポイント5,756m に到着、ここからまだ山頂まで1時間ちょっとかかるようですが、外輪山を歩いていくため多少なだらかになりました。
相変わらず中国人の歩みは遅く、どこかでやめるというのではないかと思っていましたが、結局山頂まで彼は登りました。
 
  CIMG5133.JPG 
  ステラポイント、山頂まではもう少し。
  CIMG5139.JPG
  あと数年でなくなると言われている氷河が山頂近くにあります。

午前9時、実に8時間かかって標高差1,200m を登り、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロのウフルピーク5,895m に到着。
みんなで抱き合って喜びました。
20人ぐらいはいたでしょうか、そこにはマラングルートから登ってきたという4,5人の日本人パーティもいました。
こちらは中国人パーティと行動を共にしていたので中国人と思われたようでしたが、二言三言立ち話をして別れました。
言葉が通じるのは楽だなぁと、キリマンジャロ山頂で実感。

  CIMG5141.JPG
  キリマンジャロ ウフルピーク5,895m の山頂写真です。
  CIMG5152.JPG
  山頂から少し降りたところ、山頂はこんな感じです。

下山はあっという間、2時間40分ぐらいで最終キャンプまで下りられました。
ガイドから連絡が入っていたのでしょう、途中までポーターの数人が迎えに来てくれていました。
「Congratulation!!」
と言って、抱き合って喜んでくれました。
オレンジジュースもわざわざ持ってきてくれていて、これはうれしかったですねぇ。

この頃になるとポーターの何人かとは、人間関係ができていたのですよ。
4日も一緒にいるんですから、それなりに話をしますし相性もありましたし。
これだけ登頂を喜んでくれるということは、それだけ難しいのかって思いました。

お昼前に最終キャンプに全員が到着、例の中国人も下りは早かったようです。
経験不足じゃ、と思いました。
ここでランチをシェフがわざわざ作ってくれたのですが、11時間行動で疲れ切っていてほとんど食べられませんでした。シェフには申し訳なかったです。

ところが、これで今日は終わりではありません。
この最終キャンプは水がなく4,600m の高所でもあるため、もっと低いキャンプへ下りないといけないのです。
そこへ行くのに下り3時間、ええって感じでとりあえずはテントのなかでねっころんだ次第です、ハイ。




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2017年04月12日

アフリカ旅行記4 2日目〜4日目

このルートはマチャメルートと呼ばれ、全行程テント泊の5泊6日の日程です。
このほかに最も登られているルートに、マラングルートというのがあるのですが、そちらは全行程山小屋泊まりで電源もあるそうです。そちらは最短で4泊5日のルート。

どうしてこのマチャメルートを選んだか。
そんなのテント泊の方がおもしろいじゃないですか、それと日程がマラングルートよりも1日長い分、高所順応がやりやすいそうです。それだけでこのルートを選びました。

そのテントもゲストは全部で4人なのですが、3張用意されています。
それは男性3人と女性が1人いるためだと思いますが、僕は3人用テントを1人で使えました。
ちょっと広すぎるんじゃない、と思ったもののこのテントポールが4本もあり、これは雨風完璧に防げるわという代物、快適に過ごせました。

  CIMG4998.JPGそのテントがこれです。

さて、2日目からは4,000m 前後を歩くようになります。
4,000m を越えると草木はまったくなくなり、荒涼とした砂漠のような風景になりました。歩くごとに砂埃があがり、乾燥しまくっています。

特に3日目は、3,750m のキャンプ地から一旦4,600m まで上がり高所順応を経て3,900m まで下りるというルート。行動時間は6時間ぐらいでした。
ところが、この日なんかしんどかったんですよね。 
キャンプ地に午後2時ごろ到着したので、夕食まで時間があるかと思い2時間ぐらい昼寝をしました。
これがいけなかった、起きたら頭が痛いのです。
いやっしまった、と思いましたよ。
今まで順調にきていたのにここへきて高山病かよ、と。

あとで聞いた話では、こういう時に寝たらダメだそうです。
体を慣らさないといけないところを、眠ってしまうとそれができないんでしょうね。
ただ、ガイドに話して薬をもらって一晩寝たら治りました。
それで高所順応できたのでしょう、その後はまったく頭痛をすることもなく順調でした。

4日目、最終キャンプに到着。
このキャンプはすでに4,673m にありました。
この高さは初体験です、ここまできて山頂の外輪山が初めて見えました。
なんと高いことでしょう、そびえたつ壁のように見えます。
明日の深夜からあれを登ると言われても、果たして登れるのかというぐらいのレベル。
翌日の深夜、真っ暗な中を登っていて思いましたが、高さが見えないほうがよかったと。

  CIMG5116.JPG
  最終アタックキャンプのバラフキャンプです。

こうしてアタックキャンプと呼んでもいいぐらいの標高で一夜を過ごします。
この日の夕食後、ガイドと念入りに打ち合わせをしました。
こういう打ち合わせは初めてだったので、翌日のアタックが大変なんだということが伝わり、ちょっと緊張感が増します。

ところがテントで寝ていたら、雨音がするではありませんか。
この標高で雨かと思いながら午前0時に起きてみると、そこには雪が積もっていました。
さて頂上アタック、どうなりましたやら・・・。

posted by もえぎ野山荘 at 14:00| Comment(0) | 日記

2017年04月11日

アフリカ旅行記3 いよいよ登山開始

翌朝午前9時に集合して、中国人3人とガイドたちと挨拶を交わしポーターたちも含めて総勢20人でマイクロバスで出発しました。
ゲストが我々4人、それにガイド、サブガイド、シェフ、ウエイター、ポーターなど16人とで、総勢20人の大所帯になりました。

初め中国人?? と思いましたが、彼らは快く日本人である僕を受け入れてくれました。
結果的には、彼らと同じで良かったと思っています。
いがみ合っているのは、政府同士なんですよね。
民間の個人的なところでは、そうでもないんですよ。もちろん日本人が嫌いな人もいるでしょう。
ただ彼らはナイスガイでしたが、2日目に山のレベルがとんでもない連中だと分かります。

そうしてマチャメゲートから歩き出したのが正午ごろ、9時に集まっているのにちょっと遅いんでねえかい、と思ったものの午後4時半ごろには本日のキャンプ地に到着。
そこでびっくりしました。

すでに今夜泊まるテントは張られ、食堂用のテント椅子まで用意されています。
歩いている途中にポーターたちが追い抜いていくのですが、その中にパイプ椅子らしきものを担いでいる者がいるんですよね。
なんに使うんだろうと思っていたら、この食堂用のテーブルと椅子だということが分かりました。

日本人って地面に座る習慣があるじゃないですか。
お花見の宴会やピクニック、遠足の時などビニールシートを敷いて座りますよね。
畳の習慣も、地べたに座ることに抵抗がないようにしているのでしょう。

ところが欧米ではベッドと椅子の文化。
地べたに座る習慣がないため欧米人の要求を聞いているうちに、こういうテーブルと椅子が持ち込まれるようになったんだと思います。
これは必要か、やりすぎじゃないのかと思います。ここまでしなくてもいい。
なにしろ効率を考えていないんですよね。
必要なものは持ち込めばいいみたいなところがあって、炊事用に小さなプロパンガスがあるのにはびっくりしました。何kg あるんだと、それを担いでくるんですから。

到着してしばらくして、洗面器一杯のお湯が出てきました。
わざわざ我々のために沸かしてくれたんです、感動ですよね。
ここまでするかという感じですが、これは気持ちよかった。

そうしているとティータイムだと言ってポップコーンとお茶が出てきて、その後は夕食です。
この日の夕食は写真を撮っていなくて覚えていないのですが、鶏肉を焼いたものとスープとほかに何かが出たと思いますが、十分においしくいただけました。

まだ初日で、ポーターたちとも中国人3人ともなんかぎこちないのですが、そのうちの徐々に人間関係ができてきます。
先述の中国人3人、男性2名と女性1名のグループなのですが、男性のうち1人は昨年エベレスト登頂者で女性は2年前にマナスルに登ったと言っていました。
もう一人の男性も5,000m 以上の経験者、それを聞いて「俺2番目歩こう」と思いました。
後の日程もその順番で歩くことになりました。
こんな感じで初日は終わりました。

  CIMG4993.JPG 
  中国人3人と、右から2人目が僕です。
  IMG_0701.JPG 
  このテントに泊まりました。なかなか快適でした。  
  IMG_0704.JPG
  食堂用テント、テーブルにはコーヒーなども置かれています。
  IMG_0706.JPG 
  キャンプ地はこんな感じ、右手前から3番目が僕のテントです。


posted by もえぎ野山荘 at 10:36| Comment(0) | 日記

2017年04月10日

アフリカ旅行記2 空港からモシへ

成田から22時間かけてようやく到着しました、タンザニア キリマンジャロ国際空港。
地方の一空港という感じで、ボーディングブリッジなどはなく歩いて到着ゲートへ向かいました。
どうして国際空港なのと思いますが、今から30年ぐらい前はこの空港無かったように記憶しています。
以前、この辺りへ入るにはケニアのナイロビから入っていました。
それをタンザニア政府が外貨獲得のため、サファリとキリマンジャロ登山のために作ったのでしょう。
信州松本空港より、ちょっと大きいかなあという感じです。

ドーハからの乗客で下りたのは30人ぐらいでしょう。
そのうち15,6人はサファリツアーへいくという日本人団体客、個人で下りたのは僕一人だったように思います。
入国の手続きに手間取り到着ゲートを出ていくと、案の定タクシー運転手の餌食になりました。
モシまでいくらかと尋ねると50ドルだと言う、そんなのあり得ないですから次の交差点まで行って路線バスに乗り換えると言うと、そこの交差点まで5ドルでいいと。
その値段に妥協し、トヨタシエンタのタクシーに乗ることになります。

ところがこの運転手には世話になります。
交差点までの車中で、モシまで20ドルでどうだと持ち掛けられ、その金額ならいいと思いモシまで行ってくれることになりました。
1時間以上乗って20ドルなら、そんなに高くないと思います。

その間、スマホのSIMカードがほしいと言うと携帯電話ショップへ寄ってくれ、明日からキリマンジャロに登りたいがツアー会社が決まっていないというと、4社も回ってくれました。
最後は今夜泊まるホテルまで送ってくれ、そこで別れました。チップを10ドルあげておきましたが。

この運転手とは帰国するときに、キリマンジャロ国際空港で別の運転手が電話をしてくれ、無事にキリマンジャロ登山ができた、あなたのおかげだとお礼を言うことができました。

その中で最初に連れて行ってくれたツアー会社「NYANGE ADVENTUERS LTD」という所に決めました。
ほかの3社よりも若干高かったのですが、こういうのって人との出会いだと思うんですね。
運転手が「Trust me」と言っていたのと、経営者の物腰、表情などから相性があったんですよ。

値段だけで決めてしまうと、安いところは他にもあります。
でもそういうのって結構、安かろう悪かろうとなりがちで、やはり外国人でも人との相性ってあるんですね。
結果、この会社で不満はありませんでした。
ガイドやポーターたちもよくやってくれたと思います。
登山中にかかる食費や諸経費など、500ドルを払い翌朝9時にホテルに迎えに行くと言われました。

ただ明日から中国人3人と一緒なんだけれど、と最後に言われええっと思いながら翌朝を迎えます。

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2017年04月09日

アフリカ旅行記1 出発

何とか無事に帰宅できましたが、どうやらお腹の具合がよろしくない。
旅行の間中、なにを喰っても大丈夫だったのに、帰りの飛行機の中からちょっと頼りないんですよねぇ。

まあそれはさて置き、
今回のアフリカ旅行は、2年前にマレーシアの東南アジア最高峰キナバル山4095m を登ったところから端を発しています。
高所が行けるんじゃないかと。
それまでの最高峰は、南アルプス北岳の3192m でした。
ちなみに30年山をやっていますが、富士山は登ったことがありません。あの山は登るのではなく見る山だと思っていますので、今後もたぶん登る予定はないでしょう。

それでいろいろと調べ始めました。
東アフリカのあの辺りへ行くには、中東で乗り継がなければなりません。
その航空会社が、カタール航空、エミレーツ航空、エチオピア航空と3社あります。
その中ではエチオピア航空??? と思いますよね。
実際はエチオピアの国営企業でアフリカ最大の航空会社なんですが、日本でのイメージはそんなもの。

次にエミレーツ航空になりますが、これはちょっと高い。
そして次にカタール航空となるのです。

そのカタール航空のメルマガ登録をして、いろいろと送られてくる情報を見るようになりました。
バーゲンセールやお得情報などなど。
そして今年の1月半ば、お年玉セールなるメルマガが送られてきたのです。

いったいいくらで往復できるのかと、HPで検索してみると東京とキリマンジャロ空港の往復が、な、なんと74,420円とあるではありませんか。
1クリックで決まりました、これは行くしかない。

それまでも10万円を切るぐらいの値段はあったのですが、74,000円なんて数字はこの2年間見たことがありませんでした。
実際には、帰りをザンジバル発にすればよかったと悔やみましたが、その時はこれで決まりと思ったのです。
そうして1月半ばごろに、この3月末から4月初めの日程が決まりました。

それは4月1日を挟むので、日本人や卒業旅行の学生たちが少ないだろうというのと、子供たちが春休みに入るため、駅までの送迎が無くなるというものとがあったのです。
実際には、キリマンジャロ山頂での数人の日本人に会っただけで、1人の日本人にも会いませんでした。
これはこれでちょっと寂しかったですけれど。
4月1日という日は、日本では外せない日なんですよね。

行きは3月24日成田発ドーハ乗り換えでキリマンジャロ空港まで、帰りは4月6日キリマンジャロ空港発ドーハ乗り換えで羽田まで、という航空券だけを抑えたのです。
後は何も決まっていないまま、荷物をまとめ高速バスで新宿へ行き、東京駅から成田空港行きのシャトルバスに乗り、両替を済ませドーハ行きのカタール航空に乗ったのでありました。

  CIMG4951.JPG ドーハに着いた時
posted by もえぎ野山荘 at 12:23| Comment(0) | 日記

2017年04月08日

ようやく帰国

先ほど午前0時ごろ、羽田空港国際線ターミナルに到着しました。
ザンジバルの宿を出てから、実に36時間かかってようやく帰国。
でも長野県民、いまだ帰れず、です。

飛行機のドアが開いた瞬間に、ああ〜帰ってきたあ思います。
よくぞ今回はアフリカのタンザニアのキリマンジャロまで行ってきたと思いますよね。
このぶんだと、地球上どこへでも行けるんじゃないかと。
思い切ったものです。

でも今回は登山がメインだったのですが、お金がかかりすぎました。
タンザニア政府がぼったくりなだけで、庶民はそれに関係無く生活しているのですよ。
もう少し考えないと、値段を上げすぎると人は来なくなることを知っているのかと、タンザニア政府に教えてやりたい。

と言うようなことを、羽田空港の国際線ターミナル出発ロビーにいます。
人多すぎて座る場所を探してここまで来てしまいました。
ということは、次もう考えているって。
いえいえ、それは無理です。
始発まで待っているだけですから。

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posted by もえぎ野山荘 at 02:23| Comment(0) | 日記

2017年04月07日

ドーハ ハマド国際空港

カタールのドーハまで戻って来ました。
ここまで来ると、あと1本で帰られると思いますから、ちょっと気が楽になります。

と、今は言えていますが、朝ザンジバル空港を出発するときに飛行機にすっぽかされたようです。
ZAN AIR という会社の予約をしたのですが、何のアナウンスも何もなかったのですね。
出発時間を少し過ぎてからチェックインカウンターが開いたようで、あわてて行くと、あっしまったーみたいな感じ。
他の航空会社も並んでいるので、カウンター内でちょっとこれ何とかならないという話があったようで、隣の航空会社に回されました。

出発時間を過ぎていて一時はどうなるかと思いましたが、無事にダルエスサラームへと飛べました。
その回された航空会社はちょっと高いんですよね、飛行機に乗る前に乗客に水1本用意してありました、
費用は、予約の値段でいいのか請求されるのか、ちょっと心配です。

で、宿を出てから18時間後、カタールドーハ ハマド国際空港におります。
明日の朝、7時発の羽田行きに乗ります。
まだまだ先は長いわ。家に帰るまで何時間かかるでしょう。

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posted by もえぎ野山荘 at 06:48| Comment(0) | 日記

2017年04月05日

再度ストーンタウンへ

雨続きのパジェから、 またダラダラに乗ってストーンタウンに戻って来ました。
行きは騙された分も含めて7000シリング(約350円)だったのが、帰りは荷物代1000シリング(約50円)と人物1000シリング(約50円)と2000シリング。
どうしてこんなにも行きと帰りで値段が違うのと日本的には思うのですが、どうやら気分や雰囲気で違ってくるように思います。

今日も明日から帰国の途につくため、空港近くの宿をとりました。
そこへ行くダラダラも、はじめ5000シリング(約250円)とふっかけられたのを、交渉して2000シリング(約100円)までもっていくわけです。
どうも登山用のザックをもっているため、荷物代を請求してやろうという魂胆。
でもここで降りたいというと、ちゃんとそこで降ろしてくれ、最後は親指立ててGOOD LUCK。

何が何かわけわかりませんよ。
日本的なものは全て否定されているので、結構苦労しますよね。
交渉なれしている関西人の僕でさえそうなのですから、そのほかの人たちはどうでしょうか。
どうもストーンタウンを出て行くのは結構ふっかけられ、ストーンタウンに戻る場合が正規の値段のように思います。

まあ何はともあれ、明日から帰国します。
長い2週間のタンザニア滞在でした。
でもこの帰国、3日がかりになりそうな・・・。
posted by もえぎ野山荘 at 22:53| Comment(0) | 日記

2017年04月04日

Nothing to do

今日は1日雨です。
それも結構ひどい振り方で、時折雷もなっています。

本当は今日、一生のうちに一度は訪れたいと言うレストランがここから数キロのところにあるのですが、雨で身動きが取れません。
そのレストランを見たいと思いパジェまで来たのに、足がないため1日ホステルにとどまっています。

こうなるとバックパッカー達は、まったく動きません。
何もしないでゴロゴロしていて、素晴らしいこと。

こんなに雨が降るのは、タンザニアに来て初めて。
残念だなという思いで、欧米人に Natinng to do と言ったら Challenge と言われました。
そのとうり、でもこの雨は無理イ。
posted by もえぎ野山荘 at 20:23| Comment(0) | 日記

2017年04月03日

パジェ

ストーンタウンからダラダラというバスに乗って、1時間半ぐらいで東海岸のパジェというビーチリゾートにやって来ました。
なんか分不相応な感じ。

その途中のバスの中でちょっとトラブルがおきました。
というより、トラブルと思っていたのは、僕だけかも。
車掌ではない人物にお金を渡してしまったのです。

その前にシツコイ男がいて、イライラしていたんですね。
2人して騙そうとしてきたもので、みごとに引っかかりました。
周りの人はみているだけで、またやってるわという感じ。
どれだけの人物が、ひっかかってきた事でしょう。
その様子を見かねたのか、一人の男性がFollow me と言ってくれ 無事にパジェに着きました。

こういうことも含めて海外旅行なんですよね。
もっと若いときに経験しておけば、人生観もちがったでしょうが。

でもわずかな金額騙してどうするのかと思うのは日本人。
ちなみに騙されたお金は100円ぐらいです、何か。



posted by もえぎ野山荘 at 23:29| Comment(0) | 日記

ストーンタウンにて

キリマンジャロ登山の疲れが取れず、ちょっと弱気になってもう帰ろうかなあと思い、カタール航空のHPで変更手続きを見てみると、10万円以上するではありませんか。
これは無理、ということで俄然やる気が出て、このあとはザンジバル島の東海岸に行くことにしました。

と、その前に、昨日のストーンタウンにて。
いろいろとガイドが声をかけてきます。
何しろ一目で外国人とわかるものですから、仕方ありません。

街そのものは、1日歩けば見て回れるぐらいです。
ただ、僕の方向感覚をもってしても、途中でわからなくなり何度も同じところに出くわすのです。
あっ、ここさっきも通った、またここへ来た、とか。
地元の人は、全部わかっているんでしょうかねえ。

でもみんなタンザニアの人は親切ですね。
道を聞けばちゃんと教えてくれるし、話しかければいろいろと教えてくれるし。
いろいろな人のお世話になっています。

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posted by もえぎ野山荘 at 13:31| Comment(0) | 日記

2017年04月02日

ザンジバルへ

朝から移動し、インドように浮かぶ島 ザンジバルに来ました。
ここの首都であるストーンタウンは、世界遺産になっているのとクイーンのボーカル フレディ マーキュリーの生まれ故郷でもあるため来てみたかったのですが、かなり大きな街です。
夕方に着いたのでどこへも行けませんでしたから、明日また歩いてみようとおもいます。

ダルエスサラームからは、信じられないような飛行機でやって来ました。
4人乗りのセスナ機。
生まれて初めて飛行機の助手席にのりましたよ。
高度も数100mと高くなく、これで大丈夫かと思うぐらいでした。

ということで、ザンジバル、どうなることでしょうか。

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posted by もえぎ野山荘 at 02:23| Comment(0) | 日記

2017年04月01日

キリマンジャロ登頂

なんとか山頂に立てました。
昨日の朝、午前1時から山頂にアタックし、8時間かかって標高5895mの山頂に立てましたあ。
いやあ、キツかったですよ。
標高差1200mを8時間もかかったのですが、5000m過ぎてからがしんどい。
空気が薄いのがわかるんですよ、ちょっと動くと息切れがして窒息するかと思うぐらい。
なんとか生きて戻れましたよ。
ただ、結構余裕がなくてデジカメでは写真を撮ったのに、iPadで写真を撮るのを忘れ違う写真でご勘弁を。
また帰国してから、いろいろとかきます。

という具合で無事に下山し、麓のモシという街にいます。
明日から、フレディ マーキュリーの故郷 ザンジバル島に行きます。

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