2018年01月17日

阪神大震災

あれから23年ですか。
その当時大阪にいた私、午前5時46分、震度4の揺れで起こされました。
大したことないわって思ったのですが、当時目覚まし代わりに聞いていた毎日放送のラジオの生番組で、パーソナリティがスタジオに来ていないのです。

西宮に住んでいる人で、まだ珍しかった携帯電話で番組に出演し、街の状況を車で放送局へ向かうべく移動しながら伝えていました。
西宮の住まいの、おむかえの何々さんのお宅が倒壊しています、阪神高速が倒れています、淀川の橋が渡れません、などと刻一刻とラジオで街の生の状況が伝わって来ました。

これは大変ぞって思った記憶があります。
夜が明けて、大阪市内は電車が全く動いていませんでした。
JRも地下鉄も私鉄も。

3連休明けの火曜日の朝でした。
この日、すっごく晴れていたんですね、冬晴れの風もなく素晴らしい快晴だったんです。
大阪からは神戸の六甲山が見えるのですが、その手前に煙が何本も上がっているのが見え、それが風がないため真っすぐに登っていました。
「ああ、神戸燃えてるわ」って思いました。

当時は社会党の村山政権、まだ危機管理に乏しい時代でした。
政権のある東京では神戸で地震があったらしいぞって、のんきに構えていましたよね。
政府の情報より、民間の放送局などの情報の方が早く正確な時代でした。

この日以降、日本は大地震の周期に入ります。
それは阪神大震災以後は、歴史に残る地震が起こっていることで明らか。
今、震源で空いているのは、南海沖から東南海沖の東海から紀伊半島、四国沖にかけての地域。
近い将来、必ずこの地域を震源とする大地震は起きますよね。
結局、日本では地震から逃れることはできないのですよ。
どこにいても地震には遭遇するってこと。

23年もたって、だんだんと人々の記憶から薄れつつあり、メディアでの取り扱いも少なくなりつつある昨今、建物の耐震をどうするか、どこに避難するか、防災グッズは準備しているかってことも大事でしょうが、逃げられないのであれば人間あきらめも肝心、かなぁ。

と思う1月17日でした。



posted by もえぎ野山荘 at 11:44| Comment(0) | 日記