2019年01月16日

横綱の引き際

大方予想されたとは言え、横綱の引退は寂しいものがありますよね。
朝からワイドショーは大騒ぎさっ。

三代目若乃花以来19年ぶりとなる日本出身横綱として、相撲ファンの期待を一身に背負い頑張りましたが、満身創痍の身体では、もう持たなかったのでしょう。

昨日の取り組みを見ていると明らかに腰高、下半身がついていっていないように思いました。
下半身が踏ん張れないんですよね。
これは一昨年に負った左大胸筋の怪我の影響だと思いますが、そのため下半身の強化が出来なかったのではないでしょうか。

大相撲がウインブルドン化していると言われ、久しくなりました。
ロンドンでやっているテニスの大会なのにイギリス人が勝てないのがウインブルドンだ、というのと同じ意味ですが、日本出身力士が19年も横綱になれなかったことで、稀勢の里フィーバーが起こりましたよね。
待望の横綱で、横綱の一挙手一投足に国民が一喜一憂しました。
これほど心配される横綱も珍しいのでは。

でも優勝の代償は大きく、一昨年の春場所以降8場所連続休場。
これは、横綱貴乃花と同じです。
怪我をしたのに強行出場して優勝したものの、ひざの具合が完治せずそれがもとで引退へと追い込まれました。
悲劇は繰り返されるんです。

大相撲は上位が外国人ばかり。
それはそれで多様性ということを認めないといけませんが、御嶽海や貴景勝などの若手の奮起に期待しましょう。世代交代が進んでいます。

余力を残して引くのも良し、ボロボロになるまで頑張るのも良し。
横綱在位12場所はあまりにも短いですが、後進を指導してくれることを期待しましょう。

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2019年01月14日

雪が降りません・・・。

1月も半ばだというのに、まったく雪が降りません。
12月以降、うっすらと積もったことが3、4回あっただけで、昨日の朝の雪予報もまったくのはずれ。
地肌が見えています。

3連休の最終日にもかかわわず、諏訪南IC 付近ではスキーやボードを屋根に積んだ車が見受けられました。
白樺湖周辺のスキー場では、おそらく全面滑走できないでしょう。
駐車場にも雪はないはずで、ノーマルタイヤでも行けるぐらいだと思います。

今冬はエルニーニョ現象が発生し暖冬になると言われていますが、ここまでとは。
寒さは厳しく、小学校の校庭にはスケートリンクが出現し小学生は喜々としているようです。
生活するには楽なんですが、こうも雪が無いとはねぇ。

月末から予約が入っているスノーシューツアーも、ちょっと心配になってきました。
いけるのかどうか、これじゃぁ商売あがったりだわ。
雪よ降れ!! お願いだから・・・!?


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2019年01月12日

和田バス停へ

では、昨日の続きです。
高尾山から陣馬山への登山道は、標高が陣馬山の方が高いので全体にゆるやかな登りになります。
もちろんアップダウンがあるのですが、ずぅっと登りの印象。

で、やっと下りが始まると思った陣馬山頂からの一ノ尾尾根を下りだして間もなく、和田集落への分岐があります。この分岐を下りるとバス停までは車道を歩かなくてはならないのでパスし、次の分岐を曲がってダイレクトにバス停へ下りようと考えていました。

10分ほどで次の分岐に到着、「和田」と書いてあります。
が、これ正しいのか、直接バス停へ下りられるのかと思い、もう少し行こうと考えました。
その根拠は持っていった地図にありました。

ヤマケイオンラインという山と渓谷社のHP から登山地図をプリントアウトして持って行ったのですが、あとで気付きましたがこの地図がちょっと間違っていたんです。
赤線がダイレクトにバス停へ下りるように書かれていたんですが、この分岐が見つけられなかった。
どおりでグーグルマップで、バス停周辺の登山道を見つけられなかったわけです。

分岐を通り過ぎて5分ぐらいで間違いに気づきました。
引き返せば、なんとか14時32分のバスに間に合うと思ったのです。
が、みんなの意見はこのまま一ノ尾尾根を下りるというもの。
そうするとバスの時間に左右されることなく歩けるから、束縛から解放されるというもの。

となると気が楽になり、ウダウダとおしゃべりしながら陣馬登山口バス停に到着しました。
そこでバスの時刻を確認すると、次のバスまで1時間以上あります。
藤野駅まで2KM ぐらいなので、散歩がてら30分ぐらいかけて駅まで歩くことになりました。
到着は午後3時20分ぐらい。

約8時間のトレッキング、電車に乗りそれが遅延し、道を間違えというちょっとしたハプニングのあった「大人の遠足」でした。
下山後は、藤野やまなみ温泉まで足を延ばし、疲れをいやした次第です。
長野県内ばかりでなく、たまにはこういう山行もいいですよねぇ。



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2019年01月11日

そうだ高尾山に行こう!!

そうだシリーズ第2弾、高尾山に行ってきました。
いえいえ高尾山は、そうだと思っていったわけではなく、ちゃんと計画して行きました。
金剛山はそうだ、だったんですけれど。
現時点で年間300万人が訪れ、ミシュランの星まで獲得した山、いったいどんな山かと、一度訪れてみたかったんです。

1月6日のお話です。
山の仲間3人とで行きました。
長野県ではどこへ行くのも車で、電車やバスに乗るというのは普段の生活ではあまりありません。
今回高尾山登山を計画するにあたり JR 中央線藤野駅まで行き、そこから電車で高尾山口まで移動し、そして陣馬山へと縦走しバスで藤野駅へと帰る、という計画を立てました。
電車に乗りバスに乗る、という普段の山行ではない工程です。
題して「大人の遠足、高尾山バシージョン」てか。

午前5時集合して中央道を相模湖IC まで走り藤野駅前の駐車場に着いたのは午前6時半ぐらい。
駅前の駐車場が開いてすぐに到着、受付の方も気さくに話てくれました。
そこからJR に乗り高尾駅へ。
ここで八王子の先で人身事故があり10分ぐらいの遅れ、高尾駅で京王線に乗り換え高尾山口駅へ着いたのが午前7時半ぐらいでした。

早朝にも関わらず結構な人です、それも山の人ばかり。
当然のごとくケーブル駅方面へ足早にみんな行きますが、こちらは初めての高尾山口駅。
駅前の看板を見、写真を取り合っているのですが、そんなグル―プほかにはありませんでした。

いくつも登山コースのある高尾山、特に決めていなかったのですがみんなが行く「稲荷山コース」を行きます。途中都心方面が見え高尾山IC も見え、東京へ来たぁぁという感じ。
登っている途中も、すれ違う人、抜いていく人、またまた走っている人、など早朝にも関わらず人の多いこと。なしてそんなに急ぐのか、こっちは普通に歩いているつもりなのに。

コースタイムどおり1時間半ぐらいかかって、午前9時ごろに高尾山頂に着きました。
ここも人、人、人、あぁこれが高尾山かぁと思いました。
残念ながら富士山は見えず。

記念写真とトイレをすませ、先を急ぎました。
なにしろ行程7時間の距離、あまりゆっくりもしていられません。
ここから先は奥高尾というらしいですが、一歩そちらへ入ると途端に人は少なくなりました。

と言っても、5分と人に会わないことはありません。
ここでも走っている人がいます。
このルートはそういう走る人達用の登山道なんですね。
登山道は、まるで高速道路のようにきれいに整備されていますから。

所々にトイレもあるしお茶屋もあるし、水や食料かなくても困りません。
小仏城山、景信山などと通過し、ほぼ時間通りに陣馬山に着きました。時刻は午後1時。
和田バス停から藤野駅行きのバスが14時32分発。
余裕で行けるわと、この時は高をくくって大休止をしていたら、このあと道を間違えてしまうとは・・・

長くなりました、この後は明日にでも書きたいと思います。

  DSCN0186.JPG
  高尾山口駅前にて
  DSCN0187.JPG 高尾山頂
  DSCN0193.JPG
  7時間かかってやってきた陣馬山



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2019年01月10日

そうだ金剛山に登ろう!!

ということで、金剛山に登って来ました。
どこよそれ、なんですが大阪府と奈良県境にまたがる標高1125m の山で、大坂府の最高峰。大阪府民に親しまれている里山なんです。

実はこの正月、元日から4日まで実家に里帰りしていました。
受験生のいる我が家、女房殿の「お父さん、何もしないんだから実家へ帰っておいで」という一言で、別に帰る必要もなかったのですが、一人さみしく里帰りした次第です。

その途中にそうだ金剛山に登ろうと思い立ち、20数年ぶりに登ってきました。
小学生のころから何度となく登っているのですが、平成7、8年を最後に行っていませんでした。

というのも、昨年NHK の「ドキュメンタリー72時間」という不定期? でやっている番組に金剛山頂で登ってくる登山者をインタビューしていたんですね。
その登山者の目標の一つに、毎時0分に撮影されるネットカメラに映るということがあったんです。
「金剛山で今、そんなことやっているのか」と思いながら見ていました。

このカメラがない時は、今日は霧氷が見られますかとか、雪ですか、とかひっきりなしに山頂にある社務所に電話がかかってきていたとか。
カメラを設置してからは、ネットで状態が分かるものですから、みなさんバッチリだそうです。

で、1月3日の午前10時ごろから登り始めました。
11時のウエブカメラは無理だろうと思っていたのですが、5合目で10時半、こりゃ行けるかもしれないとそれから飛ばしましたよ。
数分遅れたら、1時間待たないといけませんから。

11時の2、3分前に山頂に到着しました。でも、撮影場所がわかりません。
大坂平野が見えていたのでそちらの方へ行くと、すでに20人ぐらいがベストポジションで並んで待っているではありませんか。
仕方なく後ろの方へ、ここで映るのかなあと思いながら、隣にいたおじさんに「何かシャッターの合図はあるんですか」と聞くと、「特になくみんな固まっている」との返事。

しばらく固まっていたら、誰かの携帯から時報がなって数秒後に解散になったのでした。
みなさんよく知っています。
下りてくる人がアイゼン持っていたので雪かと思っていたら、6合目ぐらいから登山道は圧雪状態。
一日に多い日で数千人は登るでしょうからアイゼンが必要なんですが、そんなことつゆほども思いませんでした。ノーアイゼンで登り下りるはめになりました。

山頂は気温−2℃、霧氷も見られました。
そういえば、中学生のころ耐寒遠足で冬にきたなぁと思いながら帰路につきました。

下山後、ネットを確認すると後ろの方にポツンと写っていましたよ。
ちなみに24時間しか保存されないらしく、今は見られません。1月3日のお話でした、チャンチャン。

  DSCN0170.JPG
  金剛山頂にて、雪のなか
  DSCN0172.JPG
  この上あたりにウエブカメラがあります。奥に山頂看板が見えます。
  DSCN0174.JPG
  山頂部分は霧氷が見られました。

posted by もえぎ野山荘 at 10:50| Comment(0) | 日記

2019年01月09日

一時代を築いた選手たち

昨日夕方、レスリングの吉田沙保里選手の引退がニュースとして駆け巡りました。
おそらく世界にも衝撃をあたえたことでしょう。
「霊長類最強女子」などといいのかわるいのか、あだ名をつけられ女子レスリング会を長年にわたり引っ張ってきました。
昨今の行動から、東京オリンピックはないだろうと思っていましたが、引退となるとやはり寂しい思いがありますね。

Jリーグなどへ目を移しても、昨年末から今年にかけて多くの一時代を築いた選手が引退を宣言しています。

昨年末には、GK の川口能活選手、鹿嶋の小笠原満男選手、きのう吉田選手と同じ日にGK の楢崎正剛選手とDF の中澤佑二選手など、そうそうたる顔ぶれの選手が引退しました。

GK の川口選手と楢崎選手は、同じ時期に日本代表として活躍しお互いにライバルとして切磋琢磨していました。
川口選手がいるのに楢崎選手は、代表として77試合にも出場しているんですね。
代表にいる時期がずれていれば、お互い出場200試合ぐらいいったのではないかと思うぐらいのGK です。
これ以上のGKは、今後でないかもしれません。

平成が終わろうしている今、時代が変わろうとしていますね。
昭和が終わり平成になった時、多くの有名人が亡くなりました。
石原裕次郎、美空ひばり、手塚治虫などもそうでした。
天皇の代が変わるだけなのに、それが時代の変化と結びついているところが奇妙な一致です。
果たして、平成が終わった後どうなることやら。

先述のJリーグの選手たちの引退を、今夜カタールで行われるアジアカップの現日本代表はどう思っているのか。
その中から時代を築く選手は生まれてくるのかどうか、そういうところも見ものですよ。



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2019年01月08日

大倉高原山の家のキャンプ場

山行で宿泊する場合は、基本テント泊になります。
冬場でも雪の上にテントを張ったりします。
小屋に泊まっても、なんか捨て銭になると思うんですよねぇ。

日本の山小屋は、世界でも最低です、それもダントツの最下位だと思います。
せんべい布団で食事はまずく、大したものではありません。
海外の山小屋では、ちゃんとした食事と清潔なシーツで寝られます。
まぁその分チップなどの費用は掛かりますが、それでも十分満足のいくことです。

それに引き換え日本の山小屋は、営業努力をしなくてもお客さんがやってくるし、下界では考えられないことでも山では仕方がないとなって、誰も文句を言いません。
それもおかしいと思いますが、そうであるなら自分で何でもやろうということで、テント泊になるんです。

で、丹沢でもキャンプ場を探したら、なんと丹沢山域全体でキャンプ禁止、ということが分かりました。
これはキャンプをするとごみなどが散乱し汚れるという先入観からだと思いますし、首都圏にありキャンプを許可すると際限なくテント場か増えるという観点からだと思います。
が、実際には登山者が利用するテント場というのは、そんなに汚れてないですよ。みんなルールを守って綺麗に使っています。

その丹沢山域で、唯一のキャンプ場が大倉高原山の家のすぐ上にあるテント場。
あの広大な丹沢山系で、ここにしかテントが張れないんです。
ただ問題は水がない、ということ。

この大倉高原山の家は、平成29年11月30日をもって閉鎖されたがために、水場が無くなりました。
閉鎖の理由は、ネットでは税金が払えなくなったとかありましたが、定かではありません。
20坪ぐらいの小さな小屋なので影響力はそんなにないと思いますが、水がないのは生活できませんから仕方なく原村の水を5リットルもってあがりましたよ。
それで何とか、糊口をしのいだ次第です。

トイレもすぐ近くにありました。
山のトイレは普通、ここでは書ききれないぐらいの汚さですが、すんごい綺麗でした。
手入れされていましたね、十分問題なく使えました。

ちなみに、大倉高原山の家が閉鎖されたがために、利用料は無料。
秦野市は、利用者個人で責任をもって使用してほしいという立場です。
落ち葉で土が隠されていて、ふわふわでいいキャンプ場でしたよ。

最後に12月30日の夕食は、魚介類のアヒージョと牛肉のすき焼きでした。あとビール。
ね、山小屋よりずっといいでしょう?!

DSCN0138.JPG
 青いテントが我々のもの、他に3張ありました。
DSCN0139.JPG
  テント場の注意書き


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2019年01月07日

丹沢主稜

鍋割山から小丸尾根の方へ回って駐車場へ戻り、テント泊道具を持って大倉高原山の家の上にあるテント場へ行き、そこで12月30日はテント泊をしました。

翌大晦日、2018年最後の日の出を眺めながら、丹沢主稜線にある塔ノ岳と百名山の丹沢山を目指しました。
相模湾、江ノ島、房総半島の向こうからすばらしい日の出が見られ、夜が開けてくると気付きました。
登山道の階段、階段また階段。
この階段が山頂まで続くとは、その時はつゆほども思っていませんでした。
結局、人が多いから階段にしておかないと登山道がもたないのだと思います。
土のままだと天気や人の歩き方などで、崩れてしまうのでしょう。

延々と階段を登り切った先に到着したのが1491m の塔ノ岳。
ここかの眺めは素晴らしかった。
富士山がそこに見え、相模湾が一望でき、江ノ島から房総半島、東京方面も全部見えます。
ここで一泊して、東京の夜景を見るのもすごいだろうなぁと思いました。

そして丹沢山へ。
この山、稜線上にあるのですが山頂へ到着するまで、山頂がどこかわからなかったぐらい目立たない山でした。
が富士山は絶景、この景色があるがために百名山なのでしょう、そう思った山でした。
そして同じ登山道をピストンでテント場まで戻り、県民の森に止めておいた車まで戻ったのでありました。

全体に、丹沢は里山というにはレベルが高く、それなりの装備が必要です。
スニーカーで歩いている人もいましたが、1組が2組ぐらいでほとんど会いませんでした。
登山道も整備されているのですが、結構急登でしんどく簡単な山ではないなあと思います。

東京方面からは日帰りで十分ですから、ちょっとした足慣らしには十分の山ですね。
まあこれからは大手を振ってお客様に、知ったかぶりをすることなくご案内できると思います。
それが今回の山行の収穫でした、ハイ。

  DSCN0148.JPG 大晦日の日の出
  DSCN0154.JPG 塔ノ岳山頂にて
  DSCN0158.JPG 丹沢山山頂


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2019年01月05日

鍋割山荘

ちょっと実家に帰省しておりまして、WIFI 環境になくブログが書けませんでした、すみません。

で、今日は鍋割山荘のお話。
鍋割山頂に立つこの小屋は、鍋焼きうどんが食べられることでも有名。
鍋割山にかけての事でしょうが、継続は力なり、でそういう戦略を立てた小屋の勝ちです。

山頂にいる人はほとんどが、この鍋焼きうどんを注文しています。
それを注文すべく小屋内に入ったときに、大きな声で「缶はもって帰るんだよお」というのが聞こえてきました。
この一言ですべてが分かりました。
この小屋のオヤジの横柄な態度です。

この小屋のオヤジ、今から15、6年ぐらい前でしょうか、「鍋割の天狗」と称され様々なメディアに登場していました。
小屋で使う荷物を運ぶのですが、プロパンガス2本で120kg やなんかとんでもないものを担いでいました。
その代わり、下りは30分ぐらいで登山口まで走って下りるということが、信じられないというのでメディアに取り上げられたのです。
当時、こんな登り方をしていては、すぐに膝をやられると思ったものです。

それから名前を聞かなくなったのですが、そのオヤジが未だ小屋を仕切っていました。
一緒に行った者が言うには、腰が曲がっていて、登山客の間を「じゃまじゃま、どいてどいて」というようなことを言って、通っていたそうです。
そこを奥さんが「お父さんなんでそんなこというの、ごめんなさいねぇ」と言っていたのが、まだ救いです。

あ〜あ、という感じですよね。
昭和の時代はこんな小屋の親父がいましたが、平成が終わろうとしている昨今、未だこんなことをしているとは驚きです。
70歳はゆうに超えているように見えますから、そう長くはありませんね。

それに普段は1000円の鍋焼きうどんも、正月価格として1200円になっていました。
登山客から「1000円じゃないの」という声がちらほらと、ぼったくり。
山の上で食べればそれなりにおいしかったのですが、これたぶん乾麺と出来合いの出しだと思います。

前々から食べてみたかった鍋割山荘の鍋焼きうどんでしたが、1回でいいなぁと思いました。
次は自分で作ったる、という思いです。

  DSCN0134.JPG 
  富士山をバックに、鍋割山頂にて
  DSCN0133.JPG 
  1200円の鍋焼きうどん、普段は1000円なのに
  DSCN0131.JPG 
  鍋割山荘、掘っ立て小屋でした。丹沢の小屋はどこも貧弱






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2019年01月02日

富士山と海と東京

では、丹沢のお話です。

登山歴30年以上のわたくし、実は丹沢へは初めて行きました。
東京方面のお客様で山を始められた方に、丹沢へ通いましょうと、行ったこともないのによく言っていました。
知りもしないのに、なんですがそこは大体わかるんです。
でも今後は、堂々と言えるようになりました。

鍋割山と塔ノ岳、丹沢山へ2日間でピークを3つも登れたんです。
その2日間の滞在でわかったことは、いずれも富士山と海と東京が見えること。

この、山へ登っていて海が見えるということは、あまり無いんですね。
長野県北部の山々へ行かないと見えないんです。
それが太平洋が相模湾がすぐそこに見え、伊豆大島や式根島あたりまで見えるとは、なんか丹沢ああって感じがしました。

それと富士山、これもどこからでも見えるんです。
八ヶ岳からも見えますがこんなに近く大きく見えないし、行く道中に河口湖から見た朝日に輝いた富士山の綺麗なこと。やはり日本人の心です。

反対に東の方に目を向けると、東京が見えるんですね。
横浜はあのあたりかなぁとわかるんですが、なんか大きなビル群があるなと思うところが都心なんでしょう。
はっきりとはわかりませんが、その向こうに筑波山らしき山影が見えたのはおどろきでした。
やはり広大な街並みで、日本の首都でしたねえ。

そんなこんなの丹沢ですが、里山というにはレベルが高く、みんなちゃんとした装備でほとんどの人が挨拶を交わします。
最近の山では知らんふりですれ違うことも増えているのに、ちょっとした心使いで印象が変わるものです。

なんかよかったんですよ、山も人も。
ただ鍋割山荘のオヤジを除いて・・・。

明日は、そのオヤジのお話です。




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2019年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
信州原村は雪もなく、穏やかな元日の朝を迎えています。
このような一年になればいいなぁと思いますが、温暖化で災害が多くしょうもない犯罪が増え、生きにくい世知辛い世の中になってきました。
それでも生きていかねばならず、時代に抗いつつも現状を発展しようと試みますが、なかなか上手くいきません。
なんだかんだ言ってても仕方がありませんから、頑張りましょう。

年末、丹沢へ1泊テント泊で行ってきました。
いろいろと話すことがありますので、それも追々お伝えしたいと思います。

また今年もあることないこと、嘘ハッタリ、いろいろと書いていきたいと思います。
乞うご期待を??
ということで、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

posted by もえぎ野山荘 at 10:09| Comment(0) | 日記