2020年01月31日

新型肺炎

猛威を振るっている新型肺炎。
先日、中国は世界の中心だと書きましたが、こういう病気まで中国発祥(症)なんですよ。

明らかに初動のミスだったと思います。
SARS の反省を生かしてと言っていましだか、数字を隠していましたね。
そうこうしているうちに世界中に広まって、日本国内でも今朝の時点で14人の患者がいると。
これも多いんじゃないでしょうか。
こんなに国内で発症している国もないと思います。

これは検疫体制の甘さ。
武漢から来て熱が出ていたら、おかしいと思えってことです。
熱だけでは診察できない、というその考え方がおかしいじゃろがぁ。

武漢から第一便で帰国した人たちのなかで2人を自宅へ帰し、2人に診察を拒否され、おまけにホテルでは相部屋。迎えに行ってもらっているんたから政府の言う事聞け、とも思いますよ。
でも、なんでそうなるのか教えてほしいわ。
世間の感覚から、ずれていますよね。
だから国内での感染者が、日に日に増えています。
ありえないことばかりやっているから、そうなるんです。

日本時間の今朝、ようやくWHO が緊急事態宣言をしました。
これも遅い。
これは事務局長がエチオピアの出身で、中国から多大なる援助を受けていて、習近平に頭が上がらないことが一因だそうです。
アフリカ東部のあの辺り、中国の援助がすごいんです。タンザニアへ行って、それは感じました。中国人ばかりでしたから。

まだまだこれからも患者数は増えることでしょうが、正しく恐れましょう。
かく言うわたくし、12月半ばの新型肺炎より早い時期がら咳が出ているんですよ。
武漢なんかに行ったことはありませんが、新しい肺炎、かも・・・?
そりゃ単なる風邪じゃないかーい。






posted by もえぎ野山荘 at 10:25| Comment(0) | 日記

2020年01月29日

世界の中心は・・?

毎日毎日、いろいろな事が起こりますよね。
このブログも時に、関係性のない支離滅裂なところがあるでしょう。
ということで、今日は中国の春節について思うこと。

この新型肺炎の影響で、中国からの海外団体旅行が中止になりました。
この影響、各地で出ていますね。
ホテルのキャンセルはもちろんの事、観光地やその団体を運ぶバス会社などもキャンセルされる憂き目にあっています。
長野県でもかなりキャンセルが出て、観光に打撃を受けているもよう。
長野県内の外国人訪問客は、台湾、オーストラリアについで中国人が多いとか。
それがこの冬の観光客が減る時期にまとまってキャンセルだと、それは大変でしょう。
それだけ中国人観光客は、影響力があるんですね。
日本と同じように人気の訪問国のタイでも、キャンセル続出のようです。

もう今や中国は、世界経済を動かしているんです。
世界中中国経済に依存していて、観光客が来ないと途端に経済は疲弊し、例の5G でもファーウェイが主導権をにぎりつつあります。
アメリカが何とか対抗しようとしていますが、たぶんファーウェイはかなり力を持つでしょう。

ただ中国と言うイメージ、かなり危なっかしいですよね。
マナーは悪いし相手のことを考えないし、自分だけ良いという国民性だと思います。
個人的には、信用が置けないという印象です。

キリマンジャロへ行ったとき、中国人3人と一緒に登ったのですが、そんなに悪い印象ではありませんでした。中国人も個人旅行をするのかと思いましたが、彼らはかなりお金持っていましたね、富裕層でした。
ただキャンプまであと何分か、と聞かれたときにガイドが「Last fifteen minites」と言うことが、理解できなかったのにはびっくりしましたが。
中国の英語教育はどうなっているの、と。
世界を席巻すれば、そんなことどうでもいいのかもしれません。

とりあえずは、ウチの宿なんかキャンセルすら出なかったので、ある意味うらやましいわっ。
世界は中国を中心に回っているぅぅ。

追伸、武漢へ邦人を迎えに行ったチャーター機の費用が、一人8万円請求するとか。海外で邦人が危ない目に合っているのを助けるのが、政府の役目じゃないか。そんなのタダでやれよと思うのは私だけでしょうか。





posted by もえぎ野山荘 at 09:52| Comment(0) | 日記

2020年01月28日

やっと雪ぃ!!

南岸低気圧の影響から昨晩は大雪の予報で、夕方には大雪警報が発令されました。
明日の朝はどうなっているかと戦々恐々として寝ましたが今朝、多いところで15cm ぐらいの積雪。
大したことなーい!!
サッサッと雪かきしてきたところですぅ。

昔は大雪警報が発令されると30cm 以上は降ったもので、こうなるとちょっと大変でした。
それが15cm ぐらいでは、動じませんよね。
こういうとこにも、地球温暖化の影響が出ていると思います。

やはり冬の季節には雪が降らないと、あとあとどこかに影響が出てきます。
長野県北部の栄村や隣の新潟県津南町ですら、今シーズンは全く雪がないとか。
あの辺り、積雪量の日本記録を持っているんですよね、8m 以上の。
そういう所ですら、雪がないのが今年の冬です。

ま、でも待望のまとまった雪ぃぃ。
これはこれでいいのですが、ところが今晩は雨の予報。
せっかくの積雪が融けてしまうじゃないかーい。

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posted by もえぎ野山荘 at 10:38| Comment(0) | 日記

2020年01月26日

グルが来ない?!

諏訪湖に毎冬20年来飛来しているオオワシが、今シーズンと昨シーズン来ないんです。
冬の諏訪湖の「主」で、ファンも多く、12月になるとやってきて翌3月ぐらいに北へ帰っていったんです。
こちらの地元紙には、グルが飛来すると一面に載りました。

諏訪湖の東側の森を棲家にして、諏訪湖へエサを取りに飛来するのを湖岸でアマチャアカメラマンがずらっと陣取っていたものでした。
そのオオワシが昨シーズンと今シーズン、飛来していないんです。
冬の諏訪湖の風物詩、でした。、

朝日新聞によると、初めて諏訪湖に姿を見せたのは1996年とか。
その3年後の1999年に弱っているところを保護したことから、ずぅっと毎冬来るようになったらしいです。
そうするともう20歳以上、野生のオオワシの生態は分かっていないことが多いらしく、グルを観察することで多くのことがわかるそうです。
でも、そろそろ寿命でしょう、もう死んでしまったかもしれません。

多くのカメラマンが何枚も写真を撮っていて、その写真展のようなものも開かれているぐらいの人気者でした。
僕も一度だけ、諏訪湖で見たことがあります。
遠くの黒い点がグルだと言われたんですが、あれがグルかぁ、と思ったものでした。

羽の特徴からグルだと分かるそうですが、なんとも寂しい限りです。
諏訪市湖岸通りのタケヤみそ会館で、過去の写真が見られるそうですから、是非に。

ちなみにグルと言う名前、保護した時に「グルルッ」と鳴いたことから名づけられました。
あれれぇ、どこかにありましたよね、この名前??

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posted by もえぎ野山荘 at 13:03| Comment(0) | 日記

2020年01月23日

お昼のランチ

子供たちが出て行き、たまに女房殿と二人で外食することができるようになりました。
家族で行くと、最近は100円の回転寿司ですら10000円ぐらいかかるようになりましたから、というより最近の回転寿司は100円以上のお皿が結構あります。
だから2人だけで行くと、質を求めていけるんですね。

で、昨日のお昼、茅野市にある地元では知られたレストランへ行きました。
駐車場はいっぱいで止められなくて、近くにある複合施設の駐車場に止めたぐらいです。

席は満席、これは期待値が上がります。
注文したのは、2人でソーセージの盛り合わせとハンバーグとステーキランチ。
感想は、うーん、です。
ハンバーグは冷凍物を解凍したんとちゃうか、と思う物。
ステーキは、いきなりステーキの方が旨いわっ、て。
これなら自分で作った方が旨い、と思いました。
これで商売出来るんですから、簡単なもんですよね。

お店を新規開拓しようとあちこち行くのですが、次にまた行きたいというお店、なかなかないですよねぇ。

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posted by もえぎ野山荘 at 10:00| Comment(0) | 日記

2020年01月22日

校庭リンク 2

あちゃ?!
昨日このブログでお伝えした校庭リンクが滑られない件、今朝小学校の横を通るとなんと子供たちが滑っているではありませんか。
どうやら昨日あたりから滑られるようになったようです。
もう小学校とはかかわりがありませんから、そんなこと知らなくてブログに書いた次第です。

いつもは北側から見ているのですが足元に氷はなく、これはできないわぁと思っていたんです。
そしたら南側の校舎の陰になっている辺りが、滑られるようです。
そっち側にリンクが作られていました。
ありぁぁ!!

スケートをするために、毎年スケート靴を借りるんですね。
何日までに借りておいてください、と小学校から通知がきて1シーズン3000円前後で、地元のスポーツ用品店で借りておくんです。
小学生って、毎年靴サイズは変わりますから買う必要はなく、スケートクラブに入っている以外は借りてくるだけで十分です。

それが今冬の暖冬でいらないんじゃないと関係ないのに思っていたものですが、これ、借りてなかったら子供たちに大いに怒られたことでしょう。
ま、何日滑られるのか、多分今年はレンタル代の元を取れないでしょう、とお節介ながら思いますぅ。

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posted by もえぎ野山荘 at 14:45| Comment(0) | 日記

2020年01月21日

校庭リンク

原小学校の校庭に水を引き、グラウンドがスケートリンクになるんです。
毎年12月中旬からその作業が始まるのですが、今冬は暖冬の影響で氷が出来ていないようです。

諏訪地域でも小学校のグラウンドが校庭リンクになるのは茅野市の3小学校と原小学校だけだそうで、そのうちの茅野市金沢にある金沢小学校の校庭リンクが、昨日開場されたと今朝の新聞に載っていました。
この小学校は標高は低いのですが、グラウンドが日陰になるためリンクが出来るようです。
かたや原小学校、1000m の標高ですが日当たり抜群のため、未だリンクが出来るめどが立たず、とか。

今この時季で氷が固まらなければ、今冬はできないでしょう。
2月に入ると陽が高くなるため。スケートが出来なくなるそうです。

子供が小学校のころは、この校庭リンクの雪かきに何度もかり出されて行きました。
朝6時に地区の役員から電話がかかってきて、校庭リンクの雪かきをやります、と。
そのうちメールになりましたが、1月の朝6時半真っ暗な夜明け前、スコップ持って長靴履いて照明が照らされるなか、子供たちのために雪かきをやりました。気温−10℃。
保護者は300人ぐらい集まっていてあっと言う間に雪かきは終わりましたが、これが苦痛だった。
明日の朝は雪の予報が出ていれば、緊張しながら寝たものです。

それに比べて、雪も降らず雪かきもない今の保護者は、楽じゃのう、と思いますぅ。

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posted by もえぎ野山荘 at 09:30| Comment(0) | 日記

2020年01月20日

この冬は・・・

全国的に暖冬だと言われ、スキー場の中には今季の営業を断念したところもあると報道がありました。
そんなに雪がないんですよね。
北海道札幌では、雪まつりができるのかという不安も。

ここ原村でも雪が少ないんですが、ただ数日ずっと雪降りです。
この分だと山はかなり降っていると思います。
スノーシューも雪遊びもなんでもできるでしょうが、一回に降る量が少ない。
気温も高く、特に昼間の気温が6〜7℃ぐらいあるので、降った雪も里では融けてしまいますから、生活するには楽ですよね。

そんな中、今朝の地元紙の一面に「今期は出現なるか」と標題があって、例の「御神渡り」の記事がありました。
って、この状況でまだ「御神渡り」をあきらめてないというのは、ちょっとおかしいんとちゃうとも思いますが、すごいこと。

2季まえに出現したんですが、そういう時って1月初めぐらいから最低気温が氷点下10℃ぐらいの日が続き全面結氷して、そして御神渡りができるんですよ。
そのリミットが1月下旬。
1月下旬に出来なければ、「御神渡り」は出現しません。

今シーズンは暖かく雪も少ないのに、まだ諦めてないというのは八剱神社、すごいぞぉ!!
注、八剱(やつるぎ)神社というのは、諏訪市にある「御神渡り」の吉凶を占うためだけの神社です。

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posted by もえぎ野山荘 at 13:45| Comment(0) | 日記

2020年01月19日

神戸へ

その神戸へは、仕事で何度か行くことがありました。
神戸への鉄道は全部被害を受けていて、阪急も阪神もJRも途中までしか行っていませんでした。
そこからはバスになります。
1週間ぐらい経つと全国からの路線バスが集まってきて、全国各地の様々な路線バスのデザインや形式などが見られたものです。それはそれて楽しかった。

毎回、どうやって神戸へ行くか、それを考えるのが苦痛でもあり、計画を立てるのが楽しくもありました。
まだインターネットの珍しかった時代、情報はテレビやラジオ、あとは口コミで得られることのみでしたから、結構情報網を張り巡らさないといけません。

一度は、大阪天保山から神戸のメリケン波止場まで船で行ったことがあります。
それも帆船の遊覧船のような船で1時間半ぐらいかかったでしょうか、たまには船旅もいわなぁと思わないとやってられませんでした。

三宮はまだ被害の少ないほうだったのですが、それでも三宮センター街と呼ばれる商店街では空いているお店は少なかったです。
その中で、若い女の子ばかり並んでいる行列があったんですね。
よく見るとクレープを焼いていたんです。
仕事帰りの夕方、甘い香りが漂い、どんなに良かったことでしょう。
が、まだ20代だった私、その列に並ぶ勇気はありませんでした。今だとニタッとしながら並んでいるかもしれませんが。

三宮からの帰り、「JR御影駅行きの直行バスはここから600m 先です。」などと係員が叫んでいましたが、一日仕事をしている人たちは座席に座りたいでしょう、でもそんなに並んでいられないので立ち席でいいので目の前のバスに乗った記憶があります。

もう25年も前の事なので記憶があいまいな部分はありますが、神戸は復活できるかと。
JRが一番先に4月半ばに開通しましたが、長田区を通る時は戦争にあったようだと思いました。
それ以来、神戸へ行くことは少なくなっていますが、今はどうなんでしょうねぇ、今を見てみたい気もあります。

現在の神戸市民の4割が大震災以降に生まれた世代だというと、この災害もいつまで語られることか憂えます。
備えあれば憂いなし。

posted by もえぎ野山荘 at 13:40| Comment(0) | 日記

2020年01月18日

あれから、のその後

メディアでは、昨日今日と阪神大震災の特集か組まれています。
それも明日日曜日の特番まででしょう。
週が明けると、まったく何事もなかったように話されることでしょう。

ということで風化させないために、語り継ぐために、95年1月20日金曜日のお話。

震災4日目、この頃になると被害の状況が分かってきました。
日本全国から救援物資が集まりだし、人も物も神戸に行こうとしだしました。

ところが職場の後輩が、まだ連絡のつかないヤツがいたんです。
生きているのか死んでいるのか、分かりません。
そこでバイクに乗る私、「ちょっとお前行って来て、安否を確認してこい」と言われ、水と弁当とその後輩の家の地図を持たされ、寒風吹きすさぶ1月の寒空のなかバイクで走り出したんです。
まだ20代、若かったですね、今だとちょっと考えますわ。

後輩の家は宝塚市、あまり土地勘はないほうです。
大阪と神戸を結ぶ幹線道に国道2号線と43号線があるのですが、そのどちらも交差点ごとに警察官が立ち、バイクですら真っすぐ行けないんです。

途中、川を渡るごとに景色が変わってきました。
始めは自動販売機が倒れているところから始まり、家にダメージが出だしちょっとショックでしたねぇ。
コンビニを覗くと、口に入るものはすべてなかったですし、まだ携帯電話の普及する前、公衆電話には必ず人が3、4人並んでいました。
でも、街は静かだったです。
あれだけの被害があったのに、平穏だったのを覚えています。

新幹線の橋脚が崩れ線路が宙ぶらりんのところをくぐり、後輩の家へ。
幸いにも家も後輩も無事だったですが、まわりでは崩れている家もありました。

近所の人々が用水路の水を汲みに来ているんです。
なにをしていると思いますか。
みなさん、トイレの水を汲みに来ているんです。
一番困っているのが水が出ないこと、だからトイレの水だと後輩は言っていました。
やはり避難所でもトイレの水が流せなくて、大変だったようです。

無事を確認したあと、ちょっと街を見てみようと宝塚市内を走りました。
神戸ばかりクローズアップされていますが、宝塚でも少なからず被害が出ていたんです。

阪神競馬場へ行ってみました。
2階建ての駐車場が倒壊していて競馬場内部は分かりませんでしたが、これ競馬できるんかと思いました。案の定、再開できたのはその年の12月、再開するまでほぼ1年かかったんです。

そういう思い出があります。
それ以降、お風呂の水は捨てないように、朝まで置いてあります。
なぜかしら先日の千曲川の堤防決壊も西日本の水害も台風もこういう地震も、夜寝ているときに起きるじゃないですか。一番困るのがトイレの水、その確保のために。

明日は、神戸へ行ったときのお話。







posted by もえぎ野山荘 at 10:45| Comment(0) | 日記

2020年01月17日

あれから25年

記憶から遠ざかりつある阪神大震災、25年経ちました。
今30歳ぐらいの人はあの地震のことを知らないのかと思うと、年月が経つのを思います。
いずれ、そういえばそんなものがあったなぁ、となるんでしょうか。

当時、大阪で震度4の地震を経験しました。
午前5時46分、揺れで目が覚めたのですが大したことないと思ったんです。

その頃、毎日放送ラジオの生番組を目指まし代わりにかけていたんです。
それが西宮市に住んでいる男性のパーソナリティが、スタジオに来れていないんですね。
まだ珍しかった携帯電話を掛けながら、生放送の番組に入ってくるんです。

「おむかえの何々さんのお宅が潰れています。」
「阪神高速が倒れています。」
「淀川の橋が渡れません。」などなど。

それを聞いて初めて、これは大変だと思いました。
余震もあり、京阪神の鉄道は全部止まっていました。
3連休明けの火曜日の朝、これから経済活動が始まろうとしている時、空は穏やかな冬晴れのいいお天気でした、無風快晴。
その時あれだけの惨事が起こっているとは、まだわかりませんでした。

職場から六甲山が見えたんです。
その横に煙が何本も上がっていました、それも真っすぐに。
「神戸、燃えているわ」と思いました。

あの地震以前は、危機管理体制やそういう意識がなく、東京の官邸では「関西で大きな地震があったらしいぞ」と他人事のように、時の村山内閣はのんきに構えていましたね。
政府の情報機関より、民法のテレビ各局が時々刻々と移り変わる神戸の様子を伝えていました。
なんと腰の重い政府だったことか。
カルロスゴーンに言われたように、いまだそう思います。
さっさとやらない、できない。

あの地震以来、日本列島は地震の周期に入っていると思います。
大きな地震が何回も起こっているではありませんか。
最たるものが東日本大震災。

南海トラフ地震や首都直下地震が起こると声高に叫ばれていますが、必ず絶対、それらの地震は起こります。
それが明日かもしれないし、10年後かもしれない。
地球にとっては一瞬の事でしょうから。
特に今、震源域で空いているのは南海沖から東南海沖です。
子供のころからこの地域は言われていますが、ここで東日本大震災クラスの地震が起これば、日本の経済は大打撃を受けるでしょう。

地震を予知することはできないんですから、日々備えておかねばなりませんよね。

先日、水を2リットルのペットボトルで12本、24リットルを購入しました。800円ぐらいで売っていました。
2年ぐらいは持つそうで、何かあったときにはこれで夫婦2人で1週間ぐらいは生き延びてやるぅ、と言う事ですわ。





posted by もえぎ野山荘 at 09:20| Comment(0) | 日記

2020年01月16日

冬山用ヤッケ

日曜日のスノーシューで新しく購入した冬山用ヤッケを着ました。
今はやりのワークマンプラスで、上下で6800円。

今まで使っていたものは30年物のNORTH FACE のピンクのヤッケ。
平成2年ごろに購入したもので、上下で77000円ぐらいしたと記憶しています。
当時は独身貴族でちょっと高いなぁと思ったものですが、良いもの買っておけば長持ちすると思い購入しました。
それを約30年、使い続けていました。
とっくの昔に水ははじかなくなり防水機能はなく、雨が降ると上にカッパを着る始末。
ズボンのお尻側はあて布が破れ新しいデザインになって、もうボロボロの状態。
山の仲間みんなからバカにされながらも、ずっと着ていました。
この色が良かったのと、このヤッケであちこちの雪山へ行きキリマンジャロにも登ったので、やはり愛着がありました。

そんな愛着のあるものが、この1月5日に行った戸隠神社奥社初詣での吹雪で、もう駄目だと思ったんです。
一緒に行ったメンバーのヤッケが全然違うもので、技術の進歩を感じたんです。
こりゃダメだ、新しいものを買わないと、と思った次第で買おうと向かった先が飛ぶ鳥落とす勢いのワークマン。

なんとお店の混んでいることか。
目星をつけていた商品はなかったのですが、6800円のもので十分です。
軽くて薄くて、家で着たときはちょっと暑いかと思いましたが、北八ヶ岳のデビュー戦では全く寒くなく保温力がありました。

モンベルやNORTH FACE などでは上下で4万円や5万円するものが売っていますが、そんなの要らないです。
ワークマンで十分です。
ご案内したお客様も、ワークマンで購入したと言っていました。

次は夏山用ズボンを買おうと思っていまっす、ハイ。

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 左が30年使っていたNORTH FACE のピンクのヤッケ、この色が良かっ
 たんです。右がワークマンで購入した6800円の冬山用防寒着。





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2020年01月15日

北八ヶ岳スノーシュー

日曜日にお客様をご案内し、今シーズン初のスノーシューで北八ヶ岳雨池へ行ってきました。

全国的に雪不足のなか、八ヶ岳も雪があるかと心配でしたが、全体的に少ないもののスノーシューは十分に出来ました。
やはり雪のシーズンには雪が降らないといけませんよね。

3連休の中日だったのですが天気の悪い予報のためか、そんなにピラタススキー場の駐車場も混んでなく、小雪模様で絶好の雪山日和??
この3連休は正月休み明けなので、そんなに混んでないのでねらい目です。
とは言うものの、結構なスノーシューをする人たちが雨池周辺では見られました。

広大な全面結氷している湖面の上をしばし散策。
なんかね、昔は湖面を横断したりしたんですが、最近はそんな勇気もなくお客様にもあまり池の中央へ行かないようにって言うんですよ。
だんだんと年齢を重ねてくると、そういう守りの部分が出てくるんでしょうかねぇ。

ツェルトで昼食を食べていると、空模様は吹雪でやっぱ冬はこうでなくちゃと思いながら、風雪に顔を背けながら耐え、ロープウエイの駅まで戻った4時間あまりの行動時間でした。

ま、雪は少ないものの、スノーシュー楽しめますよん。

  DSCN1543.JPG 雨池にて


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2020年01月14日

高校サッカー決勝

昨日のさいたまスタジアムで行われた高校サッカー決勝戦、いい試合でしたねぇ。
観衆5万6000人、
先週の大学ラグビーとあわせて、アマチュアスポーツでこれだけの観衆の中プレーができるなんて、なんと幸せなことか。

かつて高校サッカー全盛だった昭和50年代後半、静岡県勢が躍動していました。
清水東高校と帝京高校の試合、国立競技場が6万人の大観衆、通路まで人がいっぱいでした。
清水東三羽烏と呼ばれた長谷川健太(現FC東京監督)、大榎克己(現清水GM)、堀池巧らが活躍し、その当時の最強だった帝京高校、高校サッカーの最高峰でした。
その両校とも、最近は全国大会に出てこないですよね。

昨日の試合、青森山田高校が2点取って、ほぼこのままいくかと思いましたが、サッカーで一番心理的に危ないと言われる2点差を、静岡学園はひっくり返し逆転優勝。
青森山田はプレミアリーグで優勝しましたが追いつかれた経験がなく、静岡学園は県予選からして初めて失点しましたが、その後の気持ちの切り替え、精神力の差だったと思います。

上には上がいる、と言う事ですよね。
プレミアリーグで優勝したところで、それだけのこと。

静岡学園の優勝で「王国復活か」と言われますが、まだまだでしょう。
最近は全国の差が無くなってきていて、この10年で初優勝の多いことがそれを証明しています。
静岡県としては、来年がどうなるかが勝負だと思います。

ここ数年、この決勝戦はさいたまスタジアムで開催されています。
それは国立競技場が建て替えだったからですが、来年は国立競技場にもどるのかなぁ。
そうしたら、またチケット応募しましょう。
国立競技場に行くこと、まだ諦めてないんだわぁぁ。



posted by もえぎ野山荘 at 09:50| Comment(0) | 日記

2020年01月11日

大学ラクビー決勝

観衆6万人、やっばり決勝はこの2校でしょう。
大学ラグビー界を牽引してきた早稲田と明治。
両行とも長く低迷していましたが、この2校の決勝となれば国立競技場にも6万人ぐらい集まりますわね。
ただ、新しくできた競技場での試合ということを差し引かないといけませんが、それでもよくぞ決勝戦を国立競技場でやろうと予定していたものです。

校歌から始まりました。
「都の西北、早稲田のとなり・・・?」(バカ田大学校歌)
かたや「おお〜明治ぃ」
競技場全体で観衆が校歌を歌っているのも良かったですよね。
じーんと来ました。

試合は、どうした明治、でした。
早稲田にやられっぱなし。
かつて北島監督が率いていた頃の明治は、憎らしいほど強かった。他を寄せ付けませんでした。
コンセプトはただひとつ、「前へ」
重戦車と呼ばれたフォワードは他を圧倒し、蹴散らしていましたよ。
それに比べて今は、戦うスタイルが変わったか。

それでも昨年は秩父宮でやっていたことを思えば、ラクビーW杯サマサマですね。あの熱気がまだ続いているんです。
ここから新たにラグビー界は始まるんです。

ニュージーランドに145失点していた頃から、ようやくここまで来ました。これを糧に「文化」として定着してほしいものです。
今はただブームなだけ。

ああでも、あの国立競技場の熱気、臨場感、いつになったら味わえるのかなぁ。
せっせとチケット応募しましょう、そうしましょう。





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2020年01月10日

床暖房のボイラー

昨日のカルロスゴーン被告の会見、世界のメディアでも芳しくない評判ですね。要は自分は無実である、自分の事しか考えていないということなんでしよう。
と言うことで、今日もそういうお話。

冬場の暖房に床暖房とファンヒーターを入れています。
ひとつのボイラーで賄っているもので、そのボイラーが12月にちょっと調子が悪くなったんです。
家を建てるのと一緒に設置した三菱電機のもので、15年になります。

それが12月半ば、スイッチを入れても動かなくなったんですね。
それまでは、スイッチをいれて2、3分でメインの炎がついて暖かくなりました。
それが10分経ってもメインの炎が付かないんです。
これはついに故障かと思いました。

松本にある三菱電機のサービスセンターに電話で問い合わせると、循環ポンプが動かなくなっているのではないか、機器を買い換えないといけないの一点張り。買い換えると30万円ぐらいします。
素人目で見てもそれは本当か、と思うんですよ。

毎年10月から翌年の4月ぐらいまでの半年しか稼働しませんし、それも予約が入りお客様が来られた時しか動かさないんです。
そうすると1シーズンに40日〜50日ぐらいの稼働日数じゃないかと。
15年経っているけれど、そんなんで故障するかと思うんです。
機械に焦げがついているとか、経年劣化しているとか、そういう所が無いんですよね。
まだ使えると思うんです。

もう1社、下諏訪にある会社の担当者に来てもらいました。
ここも以前から付き合いがあるんですが、いろいろ探して諏訪ではこの会社しか扱えないとたどり着いたんです。
この担当者と話している間に、なんとボイラーのメインの炎がつくではありませんか。
ちょっと時間はかかりましたが、問題なく使えます。
その担当者曰く、これぐらいの大きなクラスになると炎が点火するまでそれなりの時間がかかるというもの。
それ以来、問題なく床暖房が使えています。

三菱のサービスセンターの言うことを聞いていれば、もう少しで30万円を払う所でした。
こちらの無知に付け込んで売上を上げようとしているんです。
Google にも以前だまされたことがあります。
もう少し広告費を上げてみたらと言われ、そうしたら全く効果が表れなかった。これも担当者の成績を上げようとするもので、こちらは広告費用を出しただけで結果が伴わなかったんです。

でも下諏訪の会社の担当者は、こちらに寄り添ってくれていました。
だまそうと思えば買い換えないとだめですよ、と言えば済むんですが、なんら問題ないと言われたんです。

でもねこれね、ここでこう言っておけば次につながるじゃないですか。
次はこの人に頼もうと思うじゃないですか。
Google や三菱電機には頼まないですよね。

相手に寄り添えば自分に返ってくるんだと、気付かされたボイラーの一件でした。
そういう意味では、カルロスゴーン、失敗でしたね。
自分の事しか考えていないGoogle や三菱電機と同じじゃぁ。


posted by もえぎ野山荘 at 10:35| Comment(0) | 日記

2020年01月09日

リアル逃走中

テレビカメラの前で堂々と演説していましたね、リアル逃走中のカルロス・ゴーン被告。
逃亡した人間が、かくも好き放題に言えるのかと思いましたが、そもそもは逃がしてしまった検察と司法が問題。

あざやかな密出国でした。
密入国と言う言葉はよく聞きますが、密出国と言うのはあまりないのではないでしょうか。
だれも年末の忙しい時に出国するなんて思っていませんでした。
関西国際空港の出国審査もお粗末、弁護団は何をしていたのかあきれるばかり、一番の問題は保釈するにあたって東京地裁がパスポートの携行を許可したこと。

鍵のかかった箱に入れていたという報道ですが、パスポートを持たせればこうなることは予測できたはず。
裁判長はどう責任を取るのでしょうか。

日本の司法は人質司法だと国際的に批判を浴びたことでの保釈でしたが、そもそもは保釈後が問題で、昨年結構保釈中の犯人が逃げていましたよね。
犯人と言うのは逃げたいものなので、保釈してあげたから戻ってくるだろう、という意識が検察の方にありありです。
収監するにあたっても、丸腰で言って逃げられているんです。
お粗末この上なく、なぜ警察官を同行しないのか、分からないですね。

密出国後に、プライベートジェットの検査を強化したところであとの祭り。
普段使っている人は、そんなことしないんですから。

いずれにしろ何億円ともいう費用を使っての逃亡、お金があったからできたようなもので、金に固執する姿勢は変わらずで、結局はみみっちいケツの穴のちっちゃい男ですわ。
もう2度と日本に来ることはありませんから何とでも言えるし、要は日産自動車の内紛じゃないか。
我々、関係ありましぇーん。


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2020年01月08日

国道18号、アップルライン

牟礼村の天狗の湯に入り、上信越道に乗ろうと信州中野IC 方面へと国道18号を走りました。
そして豊野町まで来たときに、千曲川が決壊した長沼地区へ行こうと思い立ったんです。

ここは昨年の10月下旬と11月上旬に、災害ボランティアで2回入ったところです。
その後どうなっているかと思い、ただ単に車で通っただけですが、なんも変わっていませんでしたよね。
3か月たってもそのままなんです。
冬に入ってしまってボランティアも集まらないでしょうし、できないんでしょう。

豊野町という大きな交差点があります。
角にはローソンがあり、その対面にはホームセンターのカインズとファッションのしまむらがあります。
大きなこの辺りの核になる店舗。
そのカインズとしまむらは災害当時のままで、まだ再開できていませんでした。

10月下旬に送迎バスでこの交差点を通ったとき、ローソンの天井付近まで水が来ていたのがわかりました。
そのローソンは営業を再開していたのに、被害規模の大きかったカインズとしまむらは掃除は終わっていたものの、そのまま。
かなりの被害額でしょうが、どうなるんでしょうか、店舗再開できるんでしょうか。

その後は長野市街方面へ車は進むと、堤防が決壊した津野地区を通ります。
この辺り、通称アップルラインと言われるところだけあってリンゴの栽培が盛んなのですが、そのリンゴが全部地面に落ちていました。

11月上旬に行ったときは、まだ木にくっついているリンゴがたくさんあったんですね。
そういうリンゴをボランティアで行った農家の方から、何個か分けてもらって持ち帰りました。
品種はふじ、蜜が入っていてどうしてこれを廃棄せねばならないかと思ったものです。
それが収穫できないまま、熟れすぎて木から落ちたんでしょう。
リンゴの木には実はありませんでしたから。

すでに営業を再開しているところとまったく手つかずのところと、その差があまりにも大きいと感じたアップルラインでした。

もう昨年10月のことです。
千葉県の台風15号の屋根が吹っ飛んだ被害、90人以上の方が亡くなった台風19号の各地の水害。
忘れてませんか。

一昨年の西日本豪雨の被害や熊本地震のこと、もっと言えば東日本大震災やその津波での原発事故のことなど、もう忘却の彼方ではありませんか。
今年もどこかで災害は起こることでしょう。

暖かくなれば、またボランティアに行こうかと思った国道18号でした。








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2020年01月07日

戸隠神社奥社

それでは昨日の続きです。

戸隠へは10数年ぶりで行きました。
まだ子供が小さかった頃に日帰りでキャンプに来たり飯縄山へ登ったり、そのあと戸隠神社中社へは行きましたが、奥社へは行ったことはありませんでした。

入り口の駐車場へ着くと、結構な車が駐車しています。
パッと見、20台ぐらいはあろうかと言う感じ。
この雪のなか、こんなにも人が来ているんだろうかと。

ほぼ直線の参道には、立派なトレースが出来ていました。
が、吹雪のなか簡単な服装では行けません。
冬山の登山装備が必要なくらいの状況ですから、ほんと雪山って感じでした。

あれだけ車が止まっていたので簡単に行けるだろうと思いきや、徐々に勾配は増していき奥社への最後の登りはほとんど登山。
だから50分もかかったんです、これはもう立派な雪山ハイキング。

ここで僕自身は初詣、ちゃんとお参りしておきました。
ああ〜、でもお賽銭上げなかったなぁ、財布を簡単に取り出せなかったんですよ。
それが問題だぁぁ。

この戸隠神社奥社、もう10年ぐらい前になるでしょうか、JR東日本が吉永小百合を使ってCM を作ったんです。
その時の映像の杉並木がキレイで、それ以来観光客がどっと押し寄せるようになったんです。
その結果、観光客が杉の根っこを踏み荒らし、杉の木の存亡の危機にあるらしいです。
今で言う、オーバーツーリズムの走り、でしょうか。

それは茅野市奥蓼科にある御射鹿池も同じ。
これはシャープのアクオスの宣伝でしたが、やはり吉永小百合。
彼女をCM で起用すると、こういう結果になるんでしょうね。
それだけ人気がある、ということなんでしょう。

吹雪のなか初詣をすまし、ランチを取るべくスノーシューに履き替え300m ぐらい歩いてツェルトを張って昼食、なにしろ雪が多すぎて遠くへ行けず。
その後、牟礼村の天狗の湯へ行って、体を温めたのでした。

明日は水害にあった国道18号、アップルラインのお話。

  DSCN1503.JPG 奥社社殿
  DSCN1509.JPG 杉並木にて
  DSCN1515.JPG
   途中のなんとか門
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2020年01月06日

初詣?

山岳会の仲間と志賀高原へスノーシューに行くはずが、途中の道路が吹雪と視界不良で志賀高原のメインのところまでたどり着けずに途中で引き返し、戸隠神社奥社に初詣に行くことになった昨日のお話ですぅ。

新年山行を志賀高原でスノーシューと計画したのは良かったんですが、信州中野IC を下りたあたりから路面には雪が・・・。
志賀高原へと登っていくにつれ視界は50m ないぐらいの状態、路面も悪くなかなか運転は難しく、このままいってもスノーシューは無理だという判断の下、途中で引き返し道の駅で協議の結果、戸隠神社奥社へ初詣に行こうという話になりました。

あまり途中であきらめる、ということはしないほうです。
とりあえず行ってみてから判断する方なので、それが途中で引き返したというのは同行者にとっては画期的なことだったはず。
それだけ状況は悪かったんですね。

道の駅やまのうちで、1時間ぐらいああでもないこうでもないと言っていたと思います。
こういう場合、出鼻をくじかれているので次の目標がすっと決まらないんです。
まあ天気は悪いだろうと思っていましたが、これほどまでとは。
全く視界がきかず、車の運転も必死のバッチ、他の車はよく登っていくなぁと思いました。

その協議の結果、戸隠神社奥社へ行きましょうと。
また高速に乗り直し、信濃町IC で下り戸隠へ向かいます。
すでに路面は圧雪状態ですが、スタッドレスはよく効いてくれなんの心配もありません。

ようやく奥社入り口にたどり着き、歩き出したのが午前10時半ごろでした。
かなりの積雪量で吹雪にも関わらず、多くの人が参拝に来ていました。

と、ちょっと長くなりました。つつぎは明日にしたいと思いますぅ。
悪しからず。

  DSCN1508.JPG
  奥社参道の杉並木で。



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2020年01月03日

謹賀新年

みまさな、明けましておめでとうございます。
長野県原村は、穏やかな正月三が日を迎えています。

と言いたいところですが、年末年始は親兄弟がきておりてんやわんや。
子供たちも帰省しており、12月27日からずぅっーとなんだかんだと続いております。
近年まれにみるお正月。
ドタバタで始まった令和2年です。
やはり正月は実家に帰り、のんびりするにがきると思う今日この頃。

大晦日の紅白歌合戦や昨日今日やっている箱根駅伝など、いろいろと言いたいことがあるのですが、正月早々苦言を呈するのもどうかと思いますし、グッと我慢。
なにわともあれ、災害のない笑って過ごせる1年にしたいものですね。

写真は、令和2年1月2日の「初二の日の出」です。
同じように考える人がいて、車が6台止まっていました。
八ヶ岳と富士山の間から昇る太陽です。

なんだかんだで、今年もよろしくお願い致しますぅ。

  DSC_0197.JPG
posted by もえぎ野山荘 at 11:54| Comment(0) | 日記