2018年11月29日

五百円札

みなさん覚えていますか、五百円札。
500円札、と書くより五百円札ですよね。

今回の山行は、この五百円札があったがために実現しました。
もともと、この裏面の富士山の写真は大月市近郊の山から撮られたとは知っていたのですが、それが雁が腹摺山だとは知らなかったのですね。
五百円札の所有者が、そんなことを言っていたので実現したのです。
密かにこの山に登りたいなぁとは思っていましたが、やっと登れた次第です。

さてその五百円札、なぜ持っているのかそこは分かりませんが、所有者はいつも財布に入っているようです。
昭和の時代までは使われていたでしょうか。
500円玉が発行されたのが、たしか昭和57年春だったと思います。

まだ高校生で自転車で旅をしていた頃、岡山県赤穂市の食堂に昼食に入ったとき、隣のおじさんが500円玉で支払いをしていました。
500円玉が発行されたその日にうれしさ半分で使ったのでしょう、その場に居合わせた何人かで物珍しく見た記憶があります。

お札のメンテナンスのわずらわしさから500円玉が普及して35年以上、まず五百円札は見かけなくなりましたよね。それを持っている人がいるんですから、すごいというか、おかしいというか、なんでですよ。

一緒に行った平成生まれの女子は、五百円札ってどんなお札? 写っている人は誰? などと言っていました。
無理もないです、見たこともないでしょうから。
岩倉具視っていうんだよ、維新の功労者であるとか、ひとしきり歴史談議でした。

そんな五百円札の山に登られて、いやぁ満足満足。
ちなみに、新渡戸稲造の五千円札と今の千円札にある富士山は、本栖湖から撮られたものです、ハイ。

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posted by もえぎ野山荘 at 10:11| Comment(0) | 日記
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