2020年01月19日

神戸へ

その神戸へは、仕事で何度か行くことがありました。
神戸への鉄道は全部被害を受けていて、阪急も阪神もJRも途中までしか行っていませんでした。
そこからはバスになります。
1週間ぐらい経つと全国からの路線バスが集まってきて、全国各地の様々な路線バスのデザインや形式などが見られたものです。それはそれて楽しかった。

毎回、どうやって神戸へ行くか、それを考えるのが苦痛でもあり、計画を立てるのが楽しくもありました。
まだインターネットの珍しかった時代、情報はテレビやラジオ、あとは口コミで得られることのみでしたから、結構情報網を張り巡らさないといけません。

一度は、大阪天保山から神戸のメリケン波止場まで船で行ったことがあります。
それも帆船の遊覧船のような船で1時間半ぐらいかかったでしょうか、たまには船旅もいわなぁと思わないとやってられませんでした。

三宮はまだ被害の少ないほうだったのですが、それでも三宮センター街と呼ばれる商店街では空いているお店は少なかったです。
その中で、若い女の子ばかり並んでいる行列があったんですね。
よく見るとクレープを焼いていたんです。
仕事帰りの夕方、甘い香りが漂い、どんなに良かったことでしょう。
が、まだ20代だった私、その列に並ぶ勇気はありませんでした。今だとニタッとしながら並んでいるかもしれませんが。

三宮からの帰り、「JR御影駅行きの直行バスはここから600m 先です。」などと係員が叫んでいましたが、一日仕事をしている人たちは座席に座りたいでしょう、でもそんなに並んでいられないので立ち席でいいので目の前のバスに乗った記憶があります。

もう25年も前の事なので記憶があいまいな部分はありますが、神戸は復活できるかと。
JRが一番先に4月半ばに開通しましたが、長田区を通る時は戦争にあったようだと思いました。
それ以来、神戸へ行くことは少なくなっていますが、今はどうなんでしょうねぇ、今を見てみたい気もあります。

現在の神戸市民の4割が大震災以降に生まれた世代だというと、この災害もいつまで語られることか憂えます。
備えあれば憂いなし。

posted by もえぎ野山荘 at 13:40| Comment(0) | 日記
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