2020年01月17日

あれから25年

記憶から遠ざかりつある阪神大震災、25年経ちました。
今30歳ぐらいの人はあの地震のことを知らないのかと思うと、年月が経つのを思います。
いずれ、そういえばそんなものがあったなぁ、となるんでしょうか。

当時、大阪で震度4の地震を経験しました。
午前5時46分、揺れで目が覚めたのですが大したことないと思ったんです。

その頃、毎日放送ラジオの生番組を目指まし代わりにかけていたんです。
それが西宮市に住んでいる男性のパーソナリティが、スタジオに来れていないんですね。
まだ珍しかった携帯電話を掛けながら、生放送の番組に入ってくるんです。

「おむかえの何々さんのお宅が潰れています。」
「阪神高速が倒れています。」
「淀川の橋が渡れません。」などなど。

それを聞いて初めて、これは大変だと思いました。
余震もあり、京阪神の鉄道は全部止まっていました。
3連休明けの火曜日の朝、これから経済活動が始まろうとしている時、空は穏やかな冬晴れのいいお天気でした、快晴。
その時あれだけの惨事が起こっているとは、まだわかりませんでした。

職場から六甲山が見えたんです。
その横に煙が何本も上がっていました、それも真っすぐに。
「神戸、燃えているわ」と思いました。

あの地震以前は、危機管理体制やそういう意識がなく、東京の官邸では「関西で大きな地震があったらしいぞ」と他人事のように、時の村山内閣はのんきに構えていましたね。
政府の情報機関より、民法のテレビ各局が時々刻々と移り変わる神戸の様子を伝えていました。
なんと腰の重い政府だったことか。
カルロスゴーンに言われたように、いまだそう思います。
さっさとやらない、できない。

あの地震以来、日本列島は地震の周期に入っていると思います。
大きな地震が何回も起こっているではありませんか。
最たるものが東日本大震災。

南海トラフ地震や首都直下地震が起こると声高に叫ばれていますが、必ず絶対、それらの地震は起こります。
それが明日かもしれないし、10年後かもしれない。
地球にとっては一瞬の事でしょうから。
特に今、震源域で空いているのは南海沖から東南海沖です。
子供のころからこの地域は言われていますが、ここで東日本大震災クラスの地震が起これば、日本の経済は大打撃を受けるでしょう。

地震を予知することはできないんですから、日々備えておかねばなりませんよね。

先日、水を2リットルのペットボトルで12本、24リットルを購入しました。800円ぐらいで売っていました。
2年ぐらいは持つそうで、何かあったときにはこれで夫婦2人で1週間ぐらいは生き延びてやるぅ、と言う事ですわ。





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2020年01月16日

冬山用ヤッケ

日曜日のスノーシューで新しく購入した冬山用ヤッケを着ました。
今はやりのワークマンプラスで、上下で6800円。

今まで使っていたものは30年物のNORTH FACE のピンクのヤッケ。
平成2年ごろに購入したもので、上下で77000円ぐらいしたと記憶しています。
当時は独身貴族でちょっと高いなぁと思ったものですが、良いもの買っておけば長持ちすると思い購入しました。
それを約30年、使い続けていました。
とっくの昔に水ははじかなくなり防水機能はなく、雨が降ると上にカッパを着る始末。
ズボンのお尻側はあて布が破れ新しいデザインになって、もうボロボロの状態。
山の仲間みんなからバカにされながらも、ずっと着ていました。
この色が良かったのと、このヤッケであちこちの雪山へ行きキリマンジャロにも登ったので、やはり愛着がありました。

そんな愛着のあるものが、この1月5日に行った戸隠神社奥社初詣での吹雪で、もう駄目だと思ったんです。
一緒に行ったメンバーのヤッケが全然違うもので、技術の進歩を感じたんです。
こりゃダメだ、新しいものを買わないと、と思った次第で買おうと向かった先が飛ぶ鳥落とす勢いのワークマン。

なんとお店の混んでいることか。
目星をつけていた商品はなかったのですが、6800円のもので十分です。
軽くて薄くて、家で着たときはちょっと暑いかと思いましたが、北八ヶ岳のデビュー戦では全く寒くなく保温力がありました。

モンベルやNORTH FACE などでは上下で4万円や5万円するものが売っていますが、そんなの要らないです。
ワークマンで十分です。
ご案内したお客様も、ワークマンで購入したと言っていました。

次は夏山用ズボンを買おうと思っていまっす、ハイ。

 DSCN1558.JPG
 左が30年使っていたNORTH FACE のピンクのヤッケ、この色が良かっ
 たんです。右がワークマンで購入した6800円の冬山用防寒着。





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2020年01月15日

北八ヶ岳スノーシュー

日曜日にお客様をご案内し、今シーズン初のスノーシューで北八ヶ岳雨池へ行ってきました。

全国的に雪不足のなか、八ヶ岳も雪があるかと心配でしたが、全体的に少ないもののスノーシューは十分に出来ました。
やはり雪のシーズンには雪が降らないといけませんよね。

3連休の中日だったのですが天気の悪い予報のためか、そんなにピラタススキー場の駐車場も混んでなく、小雪模様で絶好の雪山日和??
この3連休は正月休み明けなので、そんなに混んでないのでねらい目です。
とは言うものの、結構なスノーシューをする人たちが雨池周辺では見られました。

広大な全面結氷している湖面の上をしばし散策。
なんかね、昔は湖面を横断したりしたんですが、最近はそんな勇気もなくお客様にもあまり池の中央へ行かないようにって言うんですよ。
だんだんと年齢を重ねてくると、そういう守りの部分が出てくるんでしょうかねぇ。

ツェルトで昼食を食べていると、空模様は吹雪でやっぱ冬はこうでなくちゃと思いながら、風雪に顔を背けながら耐え、ロープウエイの駅まで戻った4時間あまりの行動時間でした。

ま、雪は少ないものの、スノーシュー楽しめますよん。

  DSCN1543.JPG 雨池にて


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2020年01月14日

高校サッカー決勝

昨日のさいたまスタジアムで行われた高校サッカー決勝戦、いい試合でしたねぇ。
観衆5万6000人、
先週の大学ラグビーとあわせて、アマチュアスポーツでこれだけの観衆の中プレーができるなんて、なんと幸せなことか。

かつて高校サッカー全盛だった昭和50年代後半、静岡県勢が躍動していました。
清水東高校と帝京高校の試合、国立競技場が6万人の大観衆、通路まで人がいっぱいでした。
清水東三羽烏と呼ばれた長谷川健太(現FC東京監督)、大榎克己(現清水GM)、堀池巧らが活躍し、その当時の最強だった帝京高校、高校サッカーの最高峰でした。
その両校とも、最近は全国大会に出てこないですよね。

昨日の試合、青森山田高校が2点取って、ほぼこのままいくかと思いましたが、サッカーで一番心理的に危ないと言われる2点差を、静岡学園はひっくり返し逆転優勝。
青森山田はプレミアリーグで優勝しましたが追いつかれた経験がなく、静岡学園は県予選からして初めて失点しましたが、その後の気持ちの切り替え、精神力の差だったと思います。

上には上がいる、と言う事ですよね。
プレミアリーグで優勝したところで、それだけのこと。

静岡学園の優勝で「王国復活か」と言われますが、まだまだでしょう。
最近は全国の差が無くなってきていて、この10年で初優勝の多いことがそれを証明しています。
静岡県としては、来年がどうなるかが勝負だと思います。

ここ数年、この決勝戦はさいたまスタジアムで開催されています。
それは国立競技場が建て替えだったからですが、来年は国立競技場にもどるのかなぁ。
そうしたら、またチケット応募しましょう。
国立競技場に行くこと、まだ諦めてないんだわぁぁ。



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2020年01月11日

大学ラクビー決勝

観衆6万人、やっばり決勝はこの2校でしょう。
大学ラグビー界を牽引してきた早稲田と明治。
両行とも長く低迷していましたが、この2校の決勝となれば国立競技場にも6万人ぐらい集まりますわね。
ただ、新しくできた競技場での試合ということを差し引かないといけませんが、それでもよくぞ決勝戦を国立競技場でやろうと予定していたものです。

校歌から始まりました。
「都の西北、早稲田のとなり・・・?」(バカ田大学校歌)
かたや「おお〜明治ぃ」
競技場全体で観衆が校歌を歌っているのも良かったですよね。
じーんと来ました。

試合は、どうした明治、でした。
早稲田にやられっぱなし。
かつて北島監督が率いていた頃の明治は、憎らしいほど強かった。他を寄せ付けませんでした。
コンセプトはただひとつ、「前へ」
重戦車と呼ばれたフォワードは他を圧倒し、蹴散らしていましたよ。
それに比べて今は、戦うスタイルが変わったか。

それでも昨年は秩父宮でやっていたことを思えば、ラクビーW杯サマサマですね。あの熱気がまだ続いているんです。
ここから新たにラグビー界は始まるんです。

ニュージーランドに145失点していた頃から、ようやくここまで来ました。これを糧に「文化」として定着してほしいものです。
今はただブームなだけ。

ああでも、あの国立競技場の熱気、臨場感、いつになったら味わえるのかなぁ。
せっせとチケット応募しましょう、そうしましょう。





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2020年01月10日

床暖房のボイラー

昨日のカルロスゴーン被告の会見、世界のメディアでも芳しくない評判ですね。要は自分は無実である、自分の事しか考えていないということなんでしよう。
と言うことで、今日もそういうお話。

冬場の暖房に床暖房とファンヒーターを入れています。
ひとつのボイラーで賄っているもので、そのボイラーが12月にちょっと調子が悪くなったんです。
家を建てるのと一緒に設置した三菱電機のもので、15年になります。

それが12月半ば、スイッチを入れても動かなくなったんですね。
それまでは、スイッチをいれて2、3分でメインの炎がついて暖かくなりました。
それが10分経ってもメインの炎が付かないんです。
これはついに故障かと思いました。

松本にある三菱電機のサービスセンターに電話で問い合わせると、循環ポンプが動かなくなっているのではないか、機器を買い換えないといけないの一点張り。買い換えると30万円ぐらいします。
素人目で見てもそれは本当か、と思うんですよ。

毎年10月から翌年の4月ぐらいまでの半年しか稼働しませんし、それも予約が入りお客様が来られた時しか動かさないんです。
そうすると1シーズンに40日〜50日ぐらいの稼働日数じゃないかと。
15年経っているけれど、そんなんで故障するかと思うんです。
機械に焦げがついているとか、経年劣化しているとか、そういう所が無いんですよね。
まだ使えると思うんです。

もう1社、下諏訪にある会社の担当者に来てもらいました。
ここも以前から付き合いがあるんですが、いろいろ探して諏訪ではこの会社しか扱えないとたどり着いたんです。
この担当者と話している間に、なんとボイラーのメインの炎がつくではありませんか。
ちょっと時間はかかりましたが、問題なく使えます。
その担当者曰く、これぐらいの大きなクラスになると炎が点火するまでそれなりの時間がかかるというもの。
それ以来、問題なく床暖房が使えています。

三菱のサービスセンターの言うことを聞いていれば、もう少しで30万円を払う所でした。
こちらの無知に付け込んで売上を上げようとしているんです。
Google にも以前だまされたことがあります。
もう少し広告費を上げてみたらと言われ、そうしたら全く効果が表れなかった。これも担当者の成績を上げようとするもので、こちらは広告費用を出しただけで結果が伴わなかったんです。

でも下諏訪の会社の担当者は、こちらに寄り添ってくれていました。
だまそうと思えば買い換えないとだめですよ、と言えば済むんですが、なんら問題ないと言われたんです。

でもねこれね、ここでこう言っておけば次につながるじゃないですか。
次はこの人に頼もうと思うじゃないですか。
Google や三菱電機には頼まないですよね。

相手に寄り添えば自分に返ってくるんだと、気付かされたボイラーの一件でした。
そういう意味では、カルロスゴーン、失敗でしたね。
自分の事しか考えていないGoogle や三菱電機と同じじゃぁ。


posted by もえぎ野山荘 at 10:35| Comment(0) | 日記

2020年01月09日

リアル逃走中

テレビカメラの前で堂々と演説していましたね、リアル逃走中のカルロス・ゴーン被告。
逃亡した人間が、かくも好き放題に言えるのかと思いましたが、そもそもは逃がしてしまった検察と司法が問題。

あざやかな密出国でした。
密入国と言う言葉はよく聞きますが、密出国と言うのはあまりないのではないでしょうか。
だれも年末の忙しい時に出国するなんて思っていませんでした。
関西国際空港の出国審査もお粗末、弁護団は何をしていたのかあきれるばかり、一番の問題は保釈するにあたって東京地裁がパスポートの携行を許可したこと。

鍵のかかった箱に入れていたという報道ですが、パスポートを持たせればこうなることは予測できたはず。
裁判長はどう責任を取るのでしょうか。

日本の司法は人質司法だと国際的に批判を浴びたことでの保釈でしたが、そもそもは保釈後が問題で、昨年結構保釈中の犯人が逃げていましたよね。
犯人と言うのは逃げたいものなので、保釈してあげたから戻ってくるだろう、という意識が検察の方にありありです。
収監するにあたっても、丸腰で言って逃げられているんです。
お粗末この上なく、なぜ警察官を同行しないのか、分からないですね。

密出国後に、プライベートジェットの検査を強化したところであとの祭り。
普段使っている人は、そんなことしないんですから。

いずれにしろ何億円ともいう費用を使っての逃亡、お金があったからできたようなもので、金に固執する姿勢は変わらずで、結局はみみっちいケツの穴のちっちゃい男ですわ。
もう2度と日本に来ることはありませんから何とでも言えるし、要は日産自動車の内紛じゃないか。
我々、関係ありましぇーん。


posted by もえぎ野山荘 at 09:56| Comment(0) | 日記

2020年01月08日

国道18号、アップルライン

牟礼村の天狗の湯に入り、上信越道に乗ろうと信州中野IC 方面へと国道18号を走りました。
そして豊野町まで来たときに、千曲川が決壊した長沼地区へ行こうと思い立ったんです。

ここは昨年の10月下旬と11月上旬に、災害ボランティアで2回入ったところです。
その後どうなっているかと思い、ただ単に車で通っただけですが、なんも変わっていませんでしたよね。
3か月たってもそのままなんです。
冬に入ってしまってボランティアも集まらないでしょうし、できないんでしょう。

豊野町という大きな交差点があります。
角にはローソンがあり、その対面にはホームセンターのカインズとファッションのしまむらがあります。
大きなこの辺りの核になる店舗。
そのカインズとしまむらは災害当時のままで、まだ再開できていませんでした。

10月下旬に送迎バスでこの交差点を通ったとき、ローソンの天井付近まで水が来ていたのがわかりました。
そのローソンは営業を再開していたのに、被害規模の大きかったカインズとしまむらは掃除は終わっていたものの、そのまま。
かなりの被害額でしょうが、どうなるんでしょうか、店舗再開できるんでしょうか。

その後は長野市街方面へ車は進むと、堤防が決壊した津野地区を通ります。
この辺り、通称アップルラインと言われるところだけあってリンゴの栽培が盛んなのですが、そのリンゴが全部地面に落ちていました。

11月上旬に行ったときは、まだ木にくっついているリンゴがたくさんあったんですね。
そういうリンゴをボランティアで行った農家の方から、何個か分けてもらって持ち帰りました。
品種はふじ、蜜が入っていてどうしてこれを廃棄せねばならないかと思ったものです。
それが収穫できないまま、熟れすぎて木から落ちたんでしょう。
リンゴの木には実はありませんでしたから。

すでに営業を再開しているところとまったく手つかずのところと、その差があまりにも大きいと感じたアップルラインでした。

もう昨年10月のことです。
千葉県の台風15号の屋根が吹っ飛んだ被害、90人以上の方が亡くなった台風19号の各地の水害。
忘れてませんか。

一昨年の西日本豪雨の被害や熊本地震のこと、もっと言えば東日本大震災やその津波での原発事故のことなど、もう忘却の彼方ではありませんか。
今年もどこかで災害は起こることでしょう。

暖かくなれば、またボランティアに行こうかと思った国道18号でした。








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2020年01月07日

戸隠神社奥社

それでは昨日の続きです。

戸隠へは10数年ぶりで行きました。
まだ子供が小さかった頃に日帰りでキャンプに来たり飯縄山へ登ったり、そのあと戸隠神社中社へは行きましたが、奥社へは行ったことはありませんでした。

入り口の駐車場へ着くと、結構な車が駐車しています。
パッと見、20台ぐらいはあろうかと言う感じ。
この雪のなか、こんなにも人が来ているんだろうかと。

ほぼ直線の参道には、立派なトレースが出来ていました。
が、吹雪のなか簡単な服装では行けません。
冬山の登山装備が必要なくらいの状況ですから、ほんと雪山って感じでした。

あれだけ車が止まっていたので簡単に行けるだろうと思いきや、徐々に勾配は増していき奥社への最後の登りはほとんど登山。
だから50分もかかったんです、これはもう立派な雪山ハイキング。

ここで僕自身は初詣、ちゃんとお参りしておきました。
ああ〜、でもお賽銭上げなかったなぁ、財布を簡単に取り出せなかったんですよ。
それが問題だぁぁ。

この戸隠神社奥社、もう10年ぐらい前になるでしょうか、JR東日本が吉永小百合を使ってCM を作ったんです。
その時の映像の杉並木がキレイで、それ以来観光客がどっと押し寄せるようになったんです。
その結果、観光客が杉の根っこを踏み荒らし、杉の木の存亡の危機にあるらしいです。
今で言う、オーバーツーリズムの走り、でしょうか。

それは茅野市奥蓼科にある御射鹿池も同じ。
これはシャープのアクオスの宣伝でしたが、やはり吉永小百合。
彼女をCM で起用すると、こういう結果になるんでしょうね。
それだけ人気がある、ということなんでしょう。

吹雪のなか初詣をすまし、ランチを取るべくスノーシューに履き替え300m ぐらい歩いてツェルトを張って昼食、なにしろ雪が多すぎて遠くへ行けず。
その後、牟礼村の天狗の湯へ行って、体を温めたのでした。

明日は水害にあった国道18号、アップルラインのお話。

  DSCN1503.JPG 奥社社殿
  DSCN1509.JPG 杉並木にて
  DSCN1515.JPG
   途中のなんとか門
posted by もえぎ野山荘 at 10:03| Comment(0) | 日記

2020年01月06日

初詣?

山岳会の仲間と志賀高原へスノーシューに行くはずが、途中の道路が吹雪と視界不良で志賀高原のメインのところまでたどり着けずに途中で引き返し、戸隠神社奥社に初詣に行くことになった昨日のお話ですぅ。

新年山行を志賀高原でスノーシューと計画したのは良かったんですが、信州中野IC を下りたあたりから路面には雪が・・・。
志賀高原へと登っていくにつれ視界は50m ないぐらいの状態、路面も悪くなかなか運転は難しく、このままいってもスノーシューは無理だという判断の下、途中で引き返し道の駅で協議の結果、戸隠神社奥社へ初詣に行こうという話になりました。

あまり途中であきらめる、ということはしないほうです。
とりあえず行ってみてから判断する方なので、それが途中で引き返したというのは同行者にとっては画期的なことだったはず。
それだけ状況は悪かったんですね。

道の駅やまのうちで、1時間ぐらいああでもないこうでもないと言っていたと思います。
こういう場合、出鼻をくじかれているので次の目標がすっと決まらないんです。
まあ天気は悪いだろうと思っていましたが、これほどまでとは。
全く視界がきかず、車の運転も必死のバッチ、他の車はよく登っていくなぁと思いました。

その協議の結果、戸隠神社奥社へ行きましょうと。
また高速に乗り直し、信濃町IC で下り戸隠へ向かいます。
すでに路面は圧雪状態ですが、スタッドレスはよく効いてくれなんの心配もありません。

ようやく奥社入り口にたどり着き、歩き出したのが午前10時半ごろでした。
かなりの積雪量で吹雪にも関わらず、多くの人が参拝に来ていました。

と、ちょっと長くなりました。つつぎは明日にしたいと思いますぅ。
悪しからず。

  DSCN1508.JPG
  奥社参道の杉並木で。



posted by もえぎ野山荘 at 11:22| Comment(0) | 日記

2020年01月03日

謹賀新年

みまさな、明けましておめでとうございます。
長野県原村は、穏やかな正月三が日を迎えています。

と言いたいところですが、年末年始は親兄弟がきておりてんやわんや。
子供たちも帰省しており、12月27日からずぅっーとなんだかんだと続いております。
近年まれにみるお正月。
ドタバタで始まった令和2年です。
やはり正月は実家に帰り、のんびりするにがきると思う今日この頃。

大晦日の紅白歌合戦や昨日今日やっている箱根駅伝など、いろいろと言いたいことがあるのですが、正月早々苦言を呈するのもどうかと思いますし、グッと我慢。
なにわともあれ、災害のない笑って過ごせる1年にしたいものですね。

写真は、令和2年1月2日の「初二の日の出」です。
同じように考える人がいて、車が6台止まっていました。
八ヶ岳と富士山の間から昇る太陽です。

なんだかんだで、今年もよろしくお願い致しますぅ。

  DSC_0197.JPG
posted by もえぎ野山荘 at 11:54| Comment(0) | 日記

2019年12月29日

グラウンドに鴨

原小学校のグラウンドに水を入れて、天然のスケートリンクを作ろうとしています。
12月の毎年恒例の事なんですが、今年は暖冬の影響で薄氷が張っているのみ。
これでは1月に入ってスケートの授業はできないんじゃないか、と思う様相でちょっとした池みたいです。

そこへなんと野生の鴨がたむろしていました。30羽ぐらいいます。
こんなにグラウンドにいる鴨を見たことはありません。
6月ごろに水の入った田んぼに、たまに見かけるぐらいです。

小学校が冬休みに入って、人の気配が感じられなくなったからでしょうが、ちょっと鴨クンちがうんでないの、なにかと間違ってないかいと思いますが鴨たちにとっては安住の地かもしれません。

それよりも、冬のスケートの授業ができるかどうかが一番心配ですぅ。

  DSCN1466.JPG
  DSCN1468.JPG
  わかりにくいですが、点のように見えるのが鴨、カモ、かも
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2019年12月28日

ほったらかし温泉

以前から気になっていた山梨市の高台にあるほったらかし温泉に、下山後は行ってきました。
なかなか行きにくい場所で、西沢渓谷や雁坂方面へ行かないと行けなかったんです。
で、今回も他に入る温泉はありましたが、下山後わざわざ行った次第です。

感想は、一度でいい、というものでした。
ここは観光地、駐車場には県外車ばかりでキャンピングカーなども止まっていました。
入浴料は800円と高く、山梨県の温泉は県外者と市内在住者に料金が分かれるんです。
ほとんどのところで市内在住者のほうが料金が安く設定されているんですが、それがこのほったらかし温泉ではないんです。
ということは、地元の人間は行かないということなんですよね。

メインの道路から離れて、かなりの高さまで上りました。
この温泉の一番の売りは、露天風呂からの景色。
甲府盆地が見渡せ、富士山も見えます。
夜は夜景が綺麗でしょうし、日の出もお風呂に入ったまま見られるんで、早朝から営業しています。

まあでも、建物に風情もなくお湯もありきたりの温泉。
鉄筋コンクリートだし、パイプを組み合わせたプレハブ作りですし、食堂も外にテーブルを置いて食べるスタイルで、天気が悪けりゃどうするのって思いました。

露天風呂からの景色だけで、有名になっているんですね。
あの景色はも見ものだと思いますし、富士山が見えれば言うことないでしょう。
僕が行ったときは、晴れていましたが富士山は見えませんでした。

一回、話のネタに行けばいいですね。
現にこうやってブログのネタになっているんですからぁ。
そんな感じの温泉でした。

ということで、笠取山山行記は終わりにします。
山へ行って風邪が治るかと思いましたが、ちょっとハードな山行だったために、未だ引きずっている今日この頃ですぅ。

  DSCN1460.JPG
  DSCN1461.JPG
  露天風呂からの景色です。この景色はなかなか見られません。
  DSCN1462.JPG
  内部はほったらかしづくり?? プレハブ仕様
posted by もえぎ野山荘 at 13:39| Comment(0) | 日記

2019年12月27日

野生のキツネ

話は、道の駅みとみの駐車場に戻ります。
車を置いて出発の準備をしていると、視線の隅に野良犬がきた、と思いました。
が、よく見るとなんと、野生のキツネではありませんか。

原村でもたまにキツネを見かけます。
でもそれは車の前を全力で横切っていくぐらいで、間近で見ることはありませんし、警戒心の強い野生のキツネがこんなに人に近づくこともありません。こんなに間近で見たこともありません。

どうしてか。
ここに来ると何かエサをもらえる、と言うことを学習しての事なんです。
姿を見て「きゃぁかわいいー」などと言っている何も考えていないバカ者どもが、パンなどを与えているんです。

丸々と太っていますよね。
隙あらばこちらの行動食などをかっぱらって行こうという姿勢。
なかなか逃げません。

追いかけまわして脅して、追っ払いました。
それが彼らのため、人間のため、なんですから。

北海道では、ヒグマに至近距離まで近づいて写真を撮ったりエサを与えている輩がいるそうで、知床辺りでは問題になっているとか。
誰か犠牲になって痛い目に合わないとわからないんですね。
痛い目に合ってもわからないかもしれません。

結局は人間がしていることか悪いんです。
いずれしっぺ返しをくらうことでしょう。

明日はかの有名な「ほったらかし温泉」のお話。

  DSCN1437.JPG




posted by もえぎ野山荘 at 14:20| Comment(0) | 日記

2019年12月26日

笠取小屋の冬季小屋

冬場に営業を休止している小屋では、冬季小屋という避難施設を開けている場合があります。
北アルプスの小屋なども何軒か開いています。
この笠取小屋やとなりにある雁坂峠小屋などもそうで、南にある大菩薩嶺などの小金沢連峰にも湯ノ沢小屋と言う施設があったりします。
登山者が緊急避難的に使う目的で、それぞれが善意で開けているんですね。

今回は、日曜日に南岸低気圧の影響で悪天候が予想されたために、笠取小屋の冬季小屋を使おうと思いました。
素泊まり2000円、料金箱に入れる仕組みです。
冬季小屋を使うような登山者っていうのは、平日などに少人数で利用しますから悪いことをする人はいなくて、施設もきれいに使われています。

で、這う這うの体で笠取小屋に着き、冬季小屋に入りました。時刻は午後2時半ごろ。
この時期の行動時間の目安として午後3時までですから、ぎりきりです。

始め、倉庫かと思いましたよ。
建付けが悪く、隙間風がビュービューと。
気温は外と変わりません、ただ風が防げるだけ。それでもテントを張るよりはマシなんです。
ほんとにひどい時は、小屋のなかにテントを張る時もありますけれど、この小屋は畳がしかれていて靴を脱いで上がれたのでそこまではしませんでした。

布団と毛布がありましたが、もう何年も干したことがないようなもので、絞ったら水が出てくるのではないかと思うぐらい。
とても肌に直接触れる勇気はなく、敷布団の上に銀マットをしいてその上に寝袋を並べ、そして毛布と掛布団をかけた次第です。
そうしないととても使えたものではありませんでした。
おかげで寒くはなく、寝袋のなかはむしろ暑いぐらいでした。

ただ、時折顔の上に雪が降ってきました。
天井の隙間から入ってくるんですよ。
冷たいものがサッと、これにはちょっと参りました。
顔の上に布団をかけると、今度は息が出来ない。なかなかむずかしい寝方でした。

何度も避難小屋に泊まったことはありますが、ほとんどは無料だし建付けはしっかりしていて隙間風が入るようなところはあまりありません。そうしないと避難にならないですから。
これで一人2000円はちょっと高ーい。
で、ここだけの話、ちょっと割引してもらいましたっ、ハイ。

とはいえ、外は吹雪でこの小屋が無かったら、かなり悲惨なテント泊だったと思います。
この小屋があったから、日曜日の天気の悪い中を行こうと思ったんですから。
でもー、お金払うんだったらもう少しマシなように作らないと、これでは利用者の不満は募るばかりだと思いますぅ。
次、行くことはないですけれど。

  DSCN1450.JPG
  広さは15畳ぐらい、写真ではキレイなように見えていますが、
  ちょっとねぇ、です。

  


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2019年12月25日

雁坂峠

今回の笠取山山行は、この雁坂峠へ行こうという事から始まりました。
この峠、日本三大峠の一つなんです。
北アルプス扇沢の針ノ木峠、南アルプス塩見岳近くの三伏峠とともに三大峠に数えられるそうです。
針ノ木峠へは数度、三伏峠へも2度行っているので、では三大峠を制覇しましょう、と。

今は下をトンネルが開通し秩父方面と甲府方面が簡単に行けるようになっていますが、このトンネルは完成してまだ20年ほどとか、むかしはこのトンネルはなかったですよね。
そのもっと昔、武田信玄のころからこの雁坂峠は歩かれていて、埼玉では秩父往還、山梨では雁坂みちと言われ古来から交通の要所でした。

こんな道を武田信玄も歩いたのかなぁと思いながら、川沿いの登山道を行きます。
何度か渡渉もし、これ滝とちゃう、というような沢を横切り、峠への登り道へ入ってからが長かった。
なかなか着きません。
これはよくあることで、峠道の直下が一番しんどいんです。

登山口から3時間半ぐらいかかって、ようやく雁坂峠着。
碑があるだけで閑散としており、こんなもんかという印象。
風のふきっさらしに合い、長居をするところではなかったです。

ここから稜線を笠取山へ向かいますが、この稜線のアップダウンがしんどく、おまけに20kg 以上のテント道具が肩にずっしりとこたえ、這う這うの体で笠取小屋に着いたのが午後2時半ぐらい。

笠取山へは登らず、さっさと冬季小屋に入って南岸低気圧の影響から逃れようとしました。
この冬季小屋、まぁちょっと問題でしたねぇ。
そのお話は、また明日。

  DSCN1443.JPG



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2019年12月24日

笠取山と言う雪山へ

え〜、ちょっとご無沙汰ですぅ。
お客様が来られて忙しかったのとなんと、1泊で山へ行っておりましたぁ。
毎年恒例のこの時期に、日曜月曜と多摩川の源流になる笠取山という山梨県と埼玉県の境にあるかなりマイナーな山へ。
この山の南側斜面が山梨県丹波山村に行政区は属するのに、東京都水道局の持ち物といういびつな関係と源流に興味を持ったからなんです。

山頂近くに笠取小屋という避難小屋に毛の生えた程度の小屋と冬季小屋があるのを知って、日曜日の晩に南岸低気圧の影響で悪天候が予想される中、何とかなるだろうという軽い気持ちで行ってきた次第です。

いやいやいや、なんともならなかった。
月曜日に朝起きると多いところで30cm 以上の積雪。
山岳会の仲間と2人で言ったのですが、この山域にいるのはたぶん2人だけであろうという状況のなか、ラッセルを強いられルートファインディングでは右往左往し何度も渡渉をし、道を間違え逆戻りをしたり登りと同じぐらいの時間かかってやっとこさ、車のところまで戻ってこれた次第です。

その後、念願の塩山にある今や超有名になった「ほったらかし温泉」に入り、甲府市内でラーメンを食べ、有意義な内容の濃い2日間を過ごして、ちょっと疲れが残っている今朝。

ちょっと明日からいいろと書いていきたいと思いますので、乞うご期待を。
割と近年まれにみるハードな山行でした。
なにしろテント道具を担いでの行動でしたから、しんどかったなぁ。
たぶん、2度と行くことはないですねぇ。

  DSCN1458.JPG
  ひざ下まで雪に埋まっています。
  トレースのないバージンロードを行く。




posted by もえぎ野山荘 at 08:37| Comment(0) | 日記

2019年12月18日

迷惑メール対策

先日の硫黄岳の風のせいで、風邪をひいてしまいました。
ちょっとその日、眠りが浅かったんですねぇ。
昨日今日とちょっとしんどい、大したことありませんが。

さて、そのしんどい中でプロバイダのホームページに入り、迷惑メールの対策をしました。
プロバイダはOCN を使っています。
日本最大のプロバイダ会社なんですが、ほとんどホームページやマイページに入ることはありませんよね。

それでOCN からくる迷惑メールに悩まされてきたんです。
ほとんどが英語の文章。
件名の始めに「meiwaku」とかかれているのでそれは分かるんですが、削除しても削除しても同じ文章が入ってくるし、一日に何回も同じことを繰り返さないといけなかったんです。

なんとかならんか、と思いながらOCN のホームページに入りマイページから「meiwaku」メールの破棄の設定をすると、まったく受信しないようになりました。
以前はこういう設定が出来なかったと思います。
それがやはり技術の日進月歩で、できるようになったのでしょう。

たまにはこういうホームページも見ておかないいけませんね。
なにしろ数年ぶりにホームページに入ったと思いますから。

ということを頭が朦朧としていた風邪ひきのなかでやっていましたっ。
大丈夫かいな。


posted by もえぎ野山荘 at 08:52| Comment(0) | 日記

2019年12月16日

硫黄岳

毎年この時期に山岳会の忘年会があるので、それに合わせて八ヶ岳近辺の山へ山岳会の仲間と登っています。
それで今年は硫黄岳。
別に珍しくもなく何度も登っている山ですが、今回のルートは10年ぶりぐらいに登ったルート。

桜平に車を置き、夏沢鉱泉、オーレン小屋、夏沢峠から硫黄岳の北面を行き、赤岩の頭からダイレクトにオーレン小屋へ下りるルートでした。

夏沢峠を越えるまでは樹林帯なのでそんなに風の影響は受けないのですが、樹林帯を越えるとすごい風。
はっきりとわかりませんが、風速15m はあろうかと言う感じで、まっすぐに立っていられません。
時には耐風姿勢をとり、風をやり過ごさなければ進めないのです。

その風と格闘すること1時間、やっとこさ山頂に到着するもこの風のため長居をすることはできませんでした。
が、一旦赤岩の頭方面へ登山道を進むと、途端に風が弱くなるんです。
おかしいですよねぇ、同じ山の斜面なのに北側と南側で全然風の様相が違うんですから。

そこから一旦下りだすとすぐに樹林帯に入り、風の影響も受けなくなりました。
しばらくしてアイゼンも必要ではなくなり、オーレン小屋に到着。
このころになるとすれ違う人も多くなりましたが、お昼前のこの時間、この人たちはどこへ行くんだろうと思います。
ここから上部では小屋は開いていません、開いているのは夏沢鉱泉だけですから。

大休止のあと、桜平へと向かいました。
例のYAMAP によると、行動時間5時間26分、距離11.0km 標高差985m と出ていました。
ま、まずまず、ですかね。
これからは風速も出でほしいわ。

  DSCN1430.JPG
  硫黄岳山頂にて
  DSCN1433.JPG
  硫黄岳山頂から赤岳方面を見る
  

posted by もえぎ野山荘 at 09:10| Comment(0) | 日記

2019年12月15日

ああ、国立競技場が・・・

寒風吹きすさぶ強風のなか、スマホを取り出しホームページをみようとするも「現在インターネットに接続されていません。」との表示。
そりゃぁそうだわ、そこは硫黄岳の山頂標高2760m の場所。
ネットがつながるはずもありませーん。

11月半ばに応募して落選した国立競技場での元旦の天皇杯サッカー決勝、その一般販売が昨日の午前10時からあったんです。
その時刻、八ヶ岳の硫黄岳山頂にいました。

山岳会の忘年山行であったため、早くから予定は決まっており、そのまま山岳会の忘年会へとなだれ込むので断ることもできず、仕方なく硫黄岳山頂でのネット通信になったのです。
ま、これが分かったときには、国立競技場のチケットは半ばあきらめでしたね。

で、通信環境が整備されたところまで下りてきて、もう一度ネットにつなげてみました。
時刻は午後1時ごろ。
チケット販売ページを見ると、「販売予定枚数に達したため終了」とあります。
国立起用議場のこけら落としの試合が、泡と消えた瞬間でした。

そりぁ午前10時の開始に、午後1時まで残っているはずもありません。
みんな考えることは一緒、6万人の大観衆が・・・。

そもそもは天皇杯決勝をみたいのではなく、それはどのチームが来てもいいんです。
国立競技場の歴史的なこけらおとしの試合に立ち会いたかっただけ。
また行く機会はあるでしょう、その時まで待ってろ国立競技場。
残念。

ということで明日は硫黄岳登山のお話。
posted by もえぎ野山荘 at 11:25| Comment(0) | 日記