2019年01月08日

大倉高原山の家のキャンプ場

山行で宿泊する場合は、基本テント泊になります。
冬場でも雪の上にテントを張ったりします。
小屋に泊まっても、なんか捨て銭になると思うんですよねぇ。

日本の山小屋は、世界でも最低です、それもダントツの最下位だと思います。
せんべい布団で食事はまずく、大したものではありません。
海外の山小屋では、ちゃんとした食事と清潔なシーツで寝られます。
まぁその分チップなどの費用は掛かりますが、それでも十分満足のいくことです。

それに引き換え日本の山小屋は、営業努力をしなくてもお客さんがやってくるし、下界では考えられないことでも山では仕方がないとなって、誰も文句を言いません。
それもおかしいと思いますが、そうであるなら自分で何でもやろうということで、テント泊になるんです。

で、丹沢でもキャンプ場を探したら、なんと丹沢山域全体でキャンプ禁止、ということが分かりました。
これはキャンプをするとごみなどが散乱し汚れるという先入観からだと思いますし、首都圏にありキャンプを許可すると際限なくテント場か増えるという観点からだと思います。
が、実際には登山者が利用するテント場というのは、そんなに汚れてないですよ。みんなルールを守って綺麗に使っています。

その丹沢山域で、唯一のキャンプ場が大倉高原山の家のすぐ上にあるテント場。
あの広大な丹沢山系で、ここにしかテントが張れないんです。
ただ問題は水がない、ということ。

この大倉高原山の家は、平成29年11月30日をもって閉鎖されたがために、水場が無くなりました。
閉鎖の理由は、ネットでは税金が払えなくなったとかありましたが、定かではありません。
20坪ぐらいの小さな小屋なので影響力はそんなにないと思いますが、水がないのは生活できませんから仕方なく原村の水を5リットルもってあがりましたよ。
それで何とか、糊口をしのいだ次第です。

トイレもすぐ近くにありました。
山のトイレは普通、ここでは書ききれないぐらいの汚さですが、すんごい綺麗でした。
手入れされていましたね、十分問題なく使えました。

ちなみに、大倉高原山の家が閉鎖されたがために、利用料は無料。
秦野市は、利用者個人で責任をもって使用してほしいという立場です。
落ち葉で土が隠されていて、ふわふわでいいキャンプ場でしたよ。

最後に12月30日の夕食は、魚介類のアヒージョと牛肉のすき焼きでした。あとビール。
ね、山小屋よりずっといいでしょう?!

DSCN0138.JPG
 青いテントが我々のもの、他に3張ありました。
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  テント場の注意書き


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2019年01月07日

丹沢主稜

鍋割山から小丸尾根の方へ回って駐車場へ戻り、テント泊道具を持って大倉高原山の家の上にあるテント場へ行き、そこで12月30日はテント泊をしました。

翌大晦日、2018年最後の日の出を眺めながら、丹沢主稜線にある塔ノ岳と百名山の丹沢山を目指しました。
相模湾、江ノ島、房総半島の向こうからすばらしい日の出が見られ、夜が開けてくると気付きました。
登山道の階段、階段また階段。
この階段が山頂まで続くとは、その時はつゆほども思っていませんでした。
結局、人が多いから階段にしておかないと登山道がもたないのだと思います。
土のままだと天気や人の歩き方などで、崩れてしまうのでしょう。

延々と階段を登り切った先に到着したのが1491m の塔ノ岳。
ここかの眺めは素晴らしかった。
富士山がそこに見え、相模湾が一望でき、江ノ島から房総半島、東京方面も全部見えます。
ここで一泊して、東京の夜景を見るのもすごいだろうなぁと思いました。

そして丹沢山へ。
この山、稜線上にあるのですが山頂へ到着するまで、山頂がどこかわからなかったぐらい目立たない山でした。
が富士山は絶景、この景色があるがために百名山なのでしょう、そう思った山でした。
そして同じ登山道をピストンでテント場まで戻り、県民の森に止めておいた車まで戻ったのでありました。

全体に、丹沢は里山というにはレベルが高く、それなりの装備が必要です。
スニーカーで歩いている人もいましたが、1組が2組ぐらいでほとんど会いませんでした。
登山道も整備されているのですが、結構急登でしんどく簡単な山ではないなあと思います。

東京方面からは日帰りで十分ですから、ちょっとした足慣らしには十分の山ですね。
まあこれからは大手を振ってお客様に、知ったかぶりをすることなくご案内できると思います。
それが今回の山行の収穫でした、ハイ。

  DSCN0148.JPG 大晦日の日の出
  DSCN0154.JPG 塔ノ岳山頂にて
  DSCN0158.JPG 丹沢山山頂


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2019年01月05日

鍋割山荘

ちょっと実家に帰省しておりまして、WIFI 環境になくブログが書けませんでした、すみません。

で、今日は鍋割山荘のお話。
鍋割山頂に立つこの小屋は、鍋焼きうどんが食べられることでも有名。
鍋割山にかけての事でしょうが、継続は力なり、でそういう戦略を立てた小屋の勝ちです。

山頂にいる人はほとんどが、この鍋焼きうどんを注文しています。
それを注文すべく小屋内に入ったときに、大きな声で「缶はもって帰るんだよお」というのが聞こえてきました。
この一言ですべてが分かりました。
この小屋のオヤジの横柄な態度です。

この小屋のオヤジ、今から15、6年ぐらい前でしょうか、「鍋割の天狗」と称され様々なメディアに登場していました。
小屋で使う荷物を運ぶのですが、プロパンガス2本で120kg やなんかとんでもないものを担いでいました。
その代わり、下りは30分ぐらいで登山口まで走って下りるということが、信じられないというのでメディアに取り上げられたのです。
当時、こんな登り方をしていては、すぐに膝をやられると思ったものです。

それから名前を聞かなくなったのですが、そのオヤジが未だ小屋を仕切っていました。
一緒に行った者が言うには、腰が曲がっていて、登山客の間を「じゃまじゃま、どいてどいて」というようなことを言って、通っていたそうです。
そこを奥さんが「お父さんなんでそんなこというの、ごめんなさいねぇ」と言っていたのが、まだ救いです。

あ〜あ、という感じですよね。
昭和の時代はこんな小屋の親父がいましたが、平成が終わろうとしている昨今、未だこんなことをしているとは驚きです。
70歳はゆうに超えているように見えますから、そう長くはありませんね。

それに普段は1000円の鍋焼きうどんも、正月価格として1200円になっていました。
登山客から「1000円じゃないの」という声がちらほらと、ぼったくり。
山の上で食べればそれなりにおいしかったのですが、これたぶん乾麺と出来合いの出しだと思います。

前々から食べてみたかった鍋割山荘の鍋焼きうどんでしたが、1回でいいなぁと思いました。
次は自分で作ったる、という思いです。

  DSCN0134.JPG 
  富士山をバックに、鍋割山頂にて
  DSCN0133.JPG 
  1200円の鍋焼きうどん、普段は1000円なのに
  DSCN0131.JPG 
  鍋割山荘、掘っ立て小屋でした。丹沢の小屋はどこも貧弱






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2019年01月02日

富士山と海と東京

では、丹沢のお話です。

登山歴30年以上のわたくし、実は丹沢へは初めて行きました。
東京方面のお客様で山を始められた方に、丹沢へ通いましょうと、行ったこともないのによく言っていました。
知りもしないのに、なんですがそこは大体わかるんです。
でも今後は、堂々と言えるようになりました。

鍋割山と塔ノ岳、丹沢山へ2日間でピークを3つも登れたんです。
その2日間の滞在でわかったことは、いずれも富士山と海と東京が見えること。

この、山へ登っていて海が見えるということは、あまり無いんですね。
長野県北部の山々へ行かないと見えないんです。
それが太平洋が相模湾がすぐそこに見え、伊豆大島や式根島あたりまで見えるとは、なんか丹沢ああって感じがしました。

それと富士山、これもどこからでも見えるんです。
八ヶ岳からも見えますがこんなに近く大きく見えないし、行く道中に河口湖から見た朝日に輝いた富士山の綺麗なこと。やはり日本人の心です。

反対に東の方に目を向けると、東京が見えるんですね。
横浜はあのあたりかなぁとわかるんですが、なんか大きなビル群があるなと思うところが都心なんでしょう。
はっきりとはわかりませんが、その向こうに筑波山らしき山影が見えたのはおどろきでした。
やはり広大な街並みで、日本の首都でしたねえ。

そんなこんなの丹沢ですが、里山というにはレベルが高く、みんなちゃんとした装備でほとんどの人が挨拶を交わします。
最近の山では知らんふりですれ違うことも増えているのに、ちょっとした心使いで印象が変わるものです。

なんかよかったんですよ、山も人も。
ただ鍋割山荘のオヤジを除いて・・・。

明日は、そのオヤジのお話です。




posted by もえぎ野山荘 at 09:59| Comment(0) | 日記

2019年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
信州原村は雪もなく、穏やかな元日の朝を迎えています。
このような一年になればいいなぁと思いますが、温暖化で災害が多くしょうもない犯罪が増え、生きにくい世知辛い世の中になってきました。
それでも生きていかねばならず、時代に抗いつつも現状を発展しようと試みますが、なかなか上手くいきません。
なんだかんだ言ってても仕方がありませんから、頑張りましょう。

年末、丹沢へ1泊テント泊で行ってきました。
いろいろと話すことがありますので、それも追々お伝えしたいと思います。

また今年もあることないこと、嘘ハッタリ、いろいろと書いていきたいと思います。
乞うご期待を??
ということで、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

posted by もえぎ野山荘 at 10:09| Comment(0) | 日記

2018年12月29日

年の瀬

年末押し迫ってきました、寒波だというのか、今朝の気温−8℃、おおさむっ。

さて、このブログも年内は今日が最後になります。
明日明後日と山登り、丹沢へ一泊テント泊で山の仲間と行ってきます。

そのお話は年明けにまたさせていただくとして、今年一年どんな年だったですか。
災害に明け暮れた年で、今後こういう災害だらけになるのでは、とも思います。
私の一年もあまりパッとしなかったですよねぇ。
全体的にヒマでした。
どこかに原因があるのでしょうが、一人でやっている身としてはそれが分かりませんでした。
自分自身の器量といえばそうなんですが、会社組織などでは何人かで検討できるところが一人の身にかかってくるのがしんどいところでした。
来年は、笑顔でいられるようになりたいですよね。

さて、一年間ご覧いただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします、あることないことハッタリも書いていこうと思います。
みなさま、良いお年を!!


posted by もえぎ野山荘 at 11:06| Comment(0) | 日記

2018年12月27日

太陽柱

今朝7時半ごろ、駅まで行く途中に太陽を見ると「太陽柱」と思われる現象が見られました。
たぶんそうだと思うのですが、写真左側に本物の太陽、右側に虹のように見えるのがその太陽柱。
2つ太陽があるように見えています。

これ、空気中の水分が凍って、それに太陽の光が反射して見えているんです。
冬場の寒いころに見られます。
ということはそれだけ寒いってことなんですよ。
気温−4℃ だったのでそんなに寒くないと思いましたが、こういう現象が見られました。

と、ここまで書いてきて、この現象が太陽柱ではないとしたら、どうなんのよって思い始めていまっす。
明日の新聞を見てみましょう。なにか載っているかも・・・。

  DSCN0127.JPG



posted by もえぎ野山荘 at 16:05| Comment(0) | 日記

2018年12月25日

硫黄岳へ

昨日のすっきりしなかった天気のなかを、山岳会の仲間と硫黄岳へ登ってきました。
今シーズン初の雪山です。
やはり12月に、雪と戯れておいた方がいいですよね。
これからの冬のシーズンは、スノーシューやら雪山ハイクなどいろいろと体験がありますから。

今冬は12月初めになっても雪がなく暖かく暖冬だと言われていますが、八ヶ岳ではそれなりに雪がありました。
赤岳鉱泉を過ぎてからアイゼンをつけ、高度をあげて行きます。
土曜日曜と天気が悪く、美濃戸口当たりの駐車場も車が少なかったのですが、やはり登りやすい硫黄岳も人が少なく、登りでは全く人に会いませんでした。
山頂付近でちらほらと出会い、風も微風で寒くなく雪山を楽しめた次第です。

午前11時ごろに赤岳鉱泉に降りてきたのですが、さすが赤岳鉱泉、ここには人が多くいますよねぇ。
もう10年ほど前から、足場を組んでそこに水をかけて凍らし、人口のアイスクライミング場を作っているんです。
上からザイルで確保されているため、落ちる心配がないんです。
この人口アイスクライミングが盛況でした、さすがに赤岳鉱泉です。

その景色を横目にそそくさと下山、2年ぶりに訪れた冬の硫黄岳でした。

  DSCN0110.JPG 硫黄岳山頂
  DSCN0108.JPG
  DSCN0116[1].JPG 
  アイスクライミング場と赤岳鉱泉



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2018年12月21日

小学校の校庭リンク

原小学校の校庭に水が入りだしました。
例年12月中旬ぐらいから水を入れて、これ、天然のスケートリンクになるんです。
原村の冬の寒さで凍らせて、1月になると体育の授業はスケートになるんですよ。
そりゃぁ普段は、氷天下10℃ぐらいにはなりますから、凍りますわな。

こどもたちはそれが楽しみのようで、こちらから見たら氷点下10度のなか、何が楽しいのって思うのですが、冬の体育の授業はいきいきとしていました。

ただし、雪が降ると大変。
校庭リンクの除雪を保護者がやるんです。
午前6時、まだ真っ暗ななか、メールが回ってきます。午前6時半から校庭の雪かきをするというもの。

帽子、手袋、長靴と完全防備で、雪かきスコップ持って出かけました。
真っ暗な中、グラウンドの照明照らして、この校庭リンクの雪かきするんですね。
見渡すと300人ぐらいの保護者がきていて、これだけいれば30分ぐらいででき、あっという間に終わります。

子供が小学校の時には、これがイヤで大変でした。
中学校になって解放され、やれやれでしたよ。
親としてもかんばった7年間でした。

でもこの校庭リンクから、オリンピック選手が2人出ていることを思えば、やる意義はあるんでしょうねぇ。
ま、今となっては、つらく長く暗い思い出です、ハイ。

  DSCN0100.JPG




posted by もえぎ野山荘 at 16:45| Comment(0) | 日記

2018年12月20日

訪日客3000万人

一昨日訪日外国人観光客が、3000万人を超えたと報道がありました。
そんなに外国人観光客って、来ているんですね。
ウチら、まったく関係ありません。

上諏訪や下諏訪辺りでは、外国人観光客を見かけるようですが、この原村は日本人でも車がないと動けないところなのに、まして免許のない外国人観光客は皆無です。
茅野駅からのバス網は貧弱で村内をデマンド交通が通っていますが、とても利用しづらく観光には使えないでしょう。そこをインバウンドが取り入れられれば、村内も活性するのかもしれませんね。

かたや人気の観光地では、オーバーツーリズムという問題が起こっています。
京都や鎌倉などでは、観光客が来すぎて生活に支障が出ているらしいですね。
鉄道交通網の貧弱な京都は、バスしかありません。
何台かバスをやり過ごさないと乗れないらしく、嵐山や祇園などでは人だらけ。
明らかにキャパシティをオーバーしています。

年間4500万人が訪れ、受け入れる体制の整っている京都ですらそうなら、今後4000万人に増やそうとしている政府は、そこをどう考えているのか。
まあ何も考えていないでしょう。

でも今やインバウンドによって、日本の経済は成り立っているところがありますよね。
9月初めに台風21号の影響で関西空港が閉鎖されれば、途端に大阪の経済は少し落ち込んだそうで、ミナミや黒門市場などでは人通りがめっきり減ったとか。

海外からの帰国時、日本へ向かう飛行機はほとんど外国人です。
オフシーズンに出かけているせいもありますが、日本人は1割もいないと思います。
羽田空港へ夜中の12時到着して、土地勘のないであろう外国人はこの時間からどうするの、と思いました。
ビザの緩和もありますが、外国人が3000万人もくる魅力ある国だと我々は今まで気づかなかったのですね。

そんな中、集中する観光地にはより集中し、そうでないところにはまったく来ない。
そういう二極化しているように思いますが、3000万人のほんのちょっとでもいいから、おこぼれが欲しいなぁ。
そのためには英語を勉強しましょう、そうしましょう。




posted by もえぎ野山荘 at 09:39| Comment(0) | 日記